雨のち晴れ〜毒親→モラハラ→離婚→現在

刑事罰を受けて開き直るレベルの毒親の顔色を見ながら育った結果、20代半ばでモラハラ夫と結婚・離婚。不幸を生む人間関係を断舎離し、30代半ばで再婚した人のものの見方の変遷。

同情

「デモデモダッテ」愚痴ばかりで何も行動しない人からストレスをもらわないためのコツ(1)「ずるい」

我ながら最悪だな、性格悪いなって思いながら書きます。

デモデモダッテ人種はずるい、って思ってました。

なぜずるいと感じるかというと、
自分ではリスクを冒さないで愚痴を言ってるだけで
同情してもらえるからです。

しかも、私の母親の場合、あろうことかわが子を盾に使い、
自分が負うべき苦労を我が子にスライドして、 わが子からの同情を買うという最低な行動をとっていました。

しかし、昔見たサイト(URLやタイトル失念)にこう書いてありました。
「子に憎まれている親は幸せか?」

…幸せなはずないと思います。少なくともそれだけで十分不幸です。
どんなに赤の他人に同情されても、わが子から憎まれている時点で
絶対に不幸だと思います。

親のことを書かずにいられなくなって話がそれてしまいましたが、
親子という関係とか度外視して、デモデモダッテの一般論にうつります。

デモデモダッテさん達は、問題を解決しないで放置して愚痴を言っている、
つまり、問題が解決されていないわけです。
どんなに愚痴をこぼして
自分は悪くないと言ってみたり、相手のせいにしたりしてみたところで
いくら目を背けようとしても問題は解決されずにずっとそこにある
のです。
なので、幸せになりえないと思います。

そう考えると、デモデモダッテ人種は絶対に不幸なんです。
嫌いな人種が不幸だと分かって、少し安心してしまった自分がいました。
最も、哀れだとも思うのですが…

やっぱり、他人の評価をいくら集めても幸せになれないことを
証明した感じにもなりました。

だから、他人の目を気にするのはやめよう、と
自分に 何度も言い聞かせていますが、なかなか難しいです。

---

デモデモダッテ人種は、構造として
自分の幸せを投げ出して、その対価として同情を得ているわけですね。

ところで人からの同情って、そんなに大切なものだっけ?
そんなにずるいと思ってうらやましがるほど価値のあるものだったかしら?

同情を何人分積み重ねても、自分の人生と同じ価値にはならない気がします。 

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2件セミナーに行ってきました(2) 「世間の枠」と私らしさ

~「世間の枠」と私らしさ~メモ

注)オレンジ色は私の独り言です。 

■完璧主義、あら探しの達人である相手に対し
 相手が完璧を求めてきても、頑張った自分を認められるように
  →むずかしいなー それどうやるの?

■同情と共感はちがう

 【 同情】
 ・伝え手の見下しが入る。目的は、伝え手が自分が不幸でないことを確認するところにあったりする
  ・相手を「不幸」とすることで
   ・「不幸」を自分から切り離す
   ・ 自分が不幸でないと安心できる
   ・相手に不幸を恥じる二次被害が生まれる 
 →うんうん、うちの母親がそうやって独身や子なしを見下してたわー

 【共感】
 ・被害にあった=不幸 という発想にならない 

■同情された時の対応策

 ・「どうしてかわいそうだと思うの?」と聞き返す
 ・その場を立ち去る
 ・心のなかで「この人【縁がちゃー(エンガチョ的な)】なんだなぁと思う
 ・この人は他人を見下すことによって安定を保ってるんだなと思う
 ・「私はランキングしない」と思う

■マザーテレサ
 博愛でありながら商才もあった人
 →寄付で得た車を宝くじの景品にしてさらにお金を集めた。

マザーテレサにはびっくりでした。
なんでだろう、私、どこかにお金に罪悪感あるのかも…。

さあ、明日もがんばるぞ…。


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