昨日、自分が殺されるかもしれないと感じる状況に遭遇した。

そこで、 死にたくないと思っている自分に気づいた。
正確に言うと、

「こんなところで、そんな理由で、この相手に殺されたくない」
 
という思いだった。 

なので、自分が生きたいと思っているのとはちょっと違うかしらと
思いつつも、私にとっては大きな一歩じゃん!って思える。。。


とこれだけではなんなので
超感銘を受けたブログを引用します。

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自分の思考を見ると、ある基準までは丁寧に動いている。ところがある細かさまで
いくとバッサリ考えることを切り落として、見ないようにしている。
それ以上は考える必要がないと自分で線引きしているんです。
厄介なのはその線引きと自分の感覚が一致していないので、感覚で部屋を見たとき
「理想と違う」とイラつくのです。

思考の切り捨てはどこから起こっているかというと、結局やっても無駄なんだという
考えから来ているように思います。
私の親は私の安全基地として働いて来なかった
心を汲んで欲しくても、困ったときに助けを求めても、「あなたが我慢すればいいじゃ
ない。それよりお母さんの事を考えてよ」というメッセージを受けて育ちました。
親が寄り添って子供を支えてくれるという経験がないまま育ちますと、「人間なんて
どーせ自分のことだけなんだ」とか「相手は私のことなんて考えちゃーくれない」と
いう想いばかりが膨らんで、「そんな扱いしか受けない自分はクズ」と思うから、自分
の行動の「帰り」の部分に目が届かず、思考ストップ。
それが我が雑さを生み出しているのだと思います。

今書いてて気がつきました。
「帰り」と呼んでいるものは、「ケア(care)」なんですね。
「行き」が「アクティブ(active)」。
子供の頃からの扱われ方にケアの精神がないと、どうしても丁寧さに欠け、その場
しのぎの生き方しか身につかなくなります。


最初に話戻しますと、
片付けられない女性達が2週間で部屋の片付けを出来るのは、テレビという動機も
あるでしょうが、サポーターが側にいることで自分の心がケアされる経験を通して
自分自身が生き方をケアする方向に持っていこうとしている証なのではないでしょうか。
でも何十年もケアすることを知らずに生きてきた人は、ほんの少しのケアでその心
の抜け落ちた部分を補うことは難しい。

だからサポートが終了すると、自分をケアすることがなくなり、片付けもしなくなり、
後日の抜き打ちチェックで、また元の手入れされていない世界へ戻っているのです。

心のプロが見れば、この一連の流れは起こるべくして起こっている。
もし部屋をキープするという奇跡が起こるとすれば、2週間の中で女性の内部に
強烈なケアの恩恵がもたらされたか、もしくはサポーターが撤収した後プライベートで
サポーターを得ることが出来たかのどちらかです。

外から与えられる刺激を刺激が無くなった後も自分の中に宿すことを「内在化」
いいます。
他者から大切にされなくても、自分のなかにケアの精神が「内在化」した人は、粘り
強く、丁寧に生きることが出来ます。

またそういう人は成功する確率が高く、周りの評価も上々なので、幸せを掴みやすい。

引用元:
http://i-concept.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/koma-51b7.html 

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はあ、明日の仕事が楽しみだ
こんな家になどいたくない。

家にいたくない、だなんて。
子供の時と同じ感情を味わっている。