雨のち晴れ〜毒親→モラハラ→離婚→現在

刑事罰を受けて開き直るレベルの毒親の顔色を見ながら育った結果、20代半ばでモラハラ夫と結婚・離婚。不幸を生む人間関係を断舎離し、30代半ばで再婚した人のものの見方の変遷。

辛かった時期の日記

結婚直前に絶縁された先輩の話

自立ということは、依存を排除することではなく、必要な依存を受けいれ、
自分がどれほど依存しているかを自覚し、
感謝していることではないだろうか。
こころの処方箋/河合隼雄)

台風襲撃のせいか、外に出ても驚くくらい人が居なかった。
いつもこのくらい静かならいいのに、なんて
都心に住んでいながらばかみたいな話だけど、心からそう思った。

私は一人になりたい…のか?

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「一人になりたい」
そう聞いて思い出す事がある。

モラ夫の極端なリアクションを受けかねて、
いつも相談していた先輩のことだ。

その先輩に相談するたび
「モラ夫は一人になりたいんじゃない?」
と言われた。

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その先輩とは
数年来の付き合いだったが
絶縁されてしまった。

私がモラ夫の極端な行動でパニックになり
その度に先輩に電話していたら
絶縁宣言を受けた、という経緯だった。

ある日、モラ夫は友人として残しておきたいが
モラ子とはもう勘弁、とモラ夫に言ってきた。

それ以降、結局モラ夫にも私にも連絡はきていない。

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もちろんその先輩とのこれまでの私の態度の中にも
反省すべき点は多かったかもしれない。

しかしその先輩は、私が10年前に貸した3万円を返してくれていなかった。
それを返さないまま、というか一切触れられない状態で10年ほどの歳月が過ぎた。

その先輩はカウンセラーのようなことをしていた。
私はたまにお金を払い、たまに払わず、って感じで受けていたが
「貸した金はどうなるんですか?」と言えなかった。

それは、こちらがお金貸してる側なんだから
ある程度こちらの役に立って当然だという思いを
私に抱かせた。

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その先輩は、借金をしてる相手に借金を返さず
自分から絶縁宣言する様な人だった訳だが

モラ夫はその借金のことも知らず、
私がその先輩に何の相談をしていたかも知らず

「十年来の知り合いに愛想つかされるなんてお前も相当だ」
「付き合ってやってるのは俺くらいなもんだ」
と言って私を責めた。
そして私は100%自分が悪いと思ってしまった。

それを私はそのとおりだと思って
自己評価をどんどん下げていった。

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しかし冷静に考えてみれば
私は私のやり方で長く続いている友だちはいる。

しかも、同棲を始めて、モラ夫の癇癪をいちいち浴びる毎日を送っていなければ
そんな頻繁に先輩に相談することもなかったわけだし
しかも、その先輩は、10年前の借金を返さないまま絶縁宣言をするという
非常識なことをやってのけているのであった。

私はそのことを多分モラ夫には話さなかったと思う。
何故か?
バツが悪いからコレ以上その話はしないでほしいとでも思ったのかな。
はっきりとは覚えていない。

でも、「なんで今まで言わなかったんだ」とか
「言い訳するな」とか
そういう返しが予想出来て、
このタイミングで言うことを避けたんだと思う。

ああ、結局アサーティブでない私が問題の発生源だったか。

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私は自分が悪くないなんて言いたいわけじゃない。
ただ、今まで100%私が悪いと思っていたけど
別に100%私が悪いわけじゃないと思えるようになってきた。

そして、あたらしい「自分の悪かった点」
「絶縁はわかりました。でも返すものは返して下さい」
そうアサーティブに言えなかった。
それは私の悪かった点
だ。

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終わったことは仕方ないので、
誰かや何かのせいにしたメールを打っていると、はっとわれにかえって
「私がこうしたい」という形の表現に変える日々だ。

気付き→直す

ただそれだけだ。

いままでやってこなかった自己表現。
急には出来ないから練習、練習。

 

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私のツキ(4)自分を信じられないから相手を信じられない

ずっと誰にも言えなかったことを打ち明けて

人の温かい心に触れて

私の氷のような心が溶け始めるのを感じた。

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私は今

自分を信じられないから相手を信じられないんだ
裏切られて傷つくのが怖いから相手を信じないように決めたんだ

そう思った。

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夫が寂しいのが分かった。

今すぐ夫を抱きしめたいと思った。

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でも離れているからこそ思えるだけだと思う。
そんなこと分かってる。

生まれ変わった感じで夫に相対したい。
それまで会わないようにしたい
漠然と思った。

でも今日は自宅に帰らなきゃいけない。
妹が、この妹宅に帰ってくるから…。

ああ、そういうときのために
別に泊まっていいって言われてるのに
相手のこと考えて
迷惑だと思って本心を言い出せなくって
それでいつも割食ってきたんだ私は…。

変わりたいのに、変われない。

 

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バカボン

これで、いいのだ~
これで、いいのだ~
ボンボンバカボン バカボンボン

とか歌えるくらい楽天家になりたい 

そういえばこのパソコンも夫に勧められて
夫の機嫌をとろうと思って買ったものだから
処分しよう

父にあげよう 

もし合法的に多方面から人を苦しめたければ、その相手と結婚してしまうのが一番

色々お世話になった人に
先に私の意思を伝えようと思って
時間くださいって言ったら返事がない。

結局私の味方なんて誰も居ない
親は生んだ責任で相手にしてくれてるだけ

なんで結婚なんかしちゃったんだろう

なんで生まれてきてしまったんだろう

今はなき山地悠紀夫 の遺書がふっと頭に浮かぶ

あと何ヶ月、何年生きるのか私は知りませんが、
私が今思うことはただ一つ、『私は生まれてくるべきではなかった』という事です。
今回、前回の事件を起こす起こさないではなく、『生』そのものが、あるべきではなかった、と思っています。
いろいろとご迷惑をおかけして申し訳ございません。さようなら

死刑でいいです --- 孤立が生んだ二つの殺人より

心の底からに共感するが
彼はこの世にいない、話すこともできない。

私があの世に行ったらまっさきに会いたいのが死んだペット。
次が山地悠紀夫。
あと同じゆきおなら三島由紀夫にも会いたい
鳩山由紀夫…あ、この人は生きてるか、別に会いたくないけど
(ある意味会いたいけど)

この世よりあの世のほうが楽しそうだ。 

手元にある2週間分の薬。 
全部飲んでも死ねないけど、1日くらい眠ってはいられるだろう。

夫を加害者にしてはいけないというけど
ここまでされても我慢すべきですか?

医者に労働を止められている身に
家賃と、わけの分からない高額請求の山。
これ以上親にお金なんか借りられない。
離婚してない限り、行政の保護も受けられない。
サラ金だったら貸してくれるだろう。

結論として、
もし人を苦しんだ上に殺したければ、
その相手と結婚するのがいちばん だということに気づいた。

私は夫に殺される。
まず精神的に殺された。
今経済的に殺されかかっている。 

警察官と一緒に帰宅

今日は
いい環境に恵まれた仕事を笑顔で楽しく済ませました。

だけど、帰りのバスに乗って 
降りる停留所がだんだん近づくに連れ、涙が溢れてきました。

本来ならこの精神状態はまずいぞ!って
このまま心療内科に行きたいコースだったのですが
たまたま休みで、行けず。

母に沢山不安だというメールを送ってしまいました。
家の最寄りのバス停で降りて、交番に駆け込みました。

もう怖くて家に帰れないと言って大泣きしました。 
そして、警察の人に家まで送ってもらいました。

その間、「もう夫婦として破綻している」と別居をすすめられながら。
泣きっぱなしのまま家について、とりあえず夫が1階にいないことを確かめて
大丈夫ということで、帰宅しました。

帰宅する私の心の支えは
昔の優しかった夫と
仲良く同じソファーに座っていた思い出でした。

「もう二度とそんな日は来ない」
その現実を見据えた行動を取らなきゃいけないのに
馬鹿みたい。

そんなことを思いながら
とにかく薬を飲んで
今後のための電話を何本かかけて
寝ました。

出なかった子からも折り返しがあって嬉しかったです。 
生きるって辛い。 
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