雨のち晴れ〜毒親→モラハラ→離婚→現在

刑事罰を受けて開き直るレベルの毒親の顔色を見ながら育った結果、20代半ばでモラハラ夫と結婚・離婚。不幸を生む人間関係を断舎離し、30代半ばで再婚した人のものの見方の変遷。

追憶

面識のない他者の死を本気で祈る人間=元配偶者

そういえば元配偶者は、(私に死ねというのは茶飯事として)
交通事故による渋滞や、人身事故による電車遅延があるたびに
その原因となった人間の確実な死を、
わざわざ口に出して怒鳴りながら祈っていたのを思い出す。
「迷惑だよ〜」とか、そういうレベルでなく
「あーむかつく死ね、死んでますように」的な。

今だったら、不適切な発言だと思うが、
私は当時、その発言をされることで心の底からホッとしていた。
というか、毎日、自分が死ねって言われすぎてて、
他の人に矛先が向かったときが、唯一ほっと出来る瞬間だったのだった。

まるで、いじめのターゲットにされないために必死ないじめっ子。
毒親家庭で育ったし、いじめにもあったことはあったけど、
そこまで必死になったことも、出口が見えなかったことも、無かった。

---

結婚生活が、出生以降人生最悪の日々であったことは振り返って疑い様もないのに
私はそれにも関わらず、当時は「今が人生で一番幸せ」って過剰に言ってた気がする。
声に出して自分と元配偶者にそれを聞かせないと、生きられなかった気がする。

恐ろしいことだと思う。

 
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地獄のような日々から脱出、振り返って思う私の問題点

お陰様で地獄のような日々から脱出しました。
その分お金の心配という新たな問題は出てきましたが
ウソのように精神の平安は取り戻せました。
 
振り返って思うのは、
夫が酷かったのは事実として
しかし、それ以上に自分の認知の歪みも大きく
現実以上に事態を苦しい方に捉えていた
ということです。

それに加え、あまり適切でない「第三者の助言」を参考にして、
自分での判断より他人の助言を優先させていた
ことにも気づきました。

 ・なぜ「適切でない第三者の助言」が生まれるのか
  【前提】
  ・私の説明自体の偏り
   →自分を被害者として強調したいがため話に偏りが生じる
  ・第三者は、 夫と面識がない 
   →私の言葉と本人の経験のみを材料に私の夫像を組み立てる
 
  ∴必ずしも的を射た助言にならない

また、カウンセラーさんからのアドバイスから一歩踏み込んだりして
自分なりに出した結論があります。
自分の中の問題点は

・人のアドバイスを聞くのはいいけど、最終的に決めるのは自分であるという意識の希薄さ
 「自分で決める=責任を引き受ける」ということをして来なかった自分に気づいた。

→自分で考えず、第三者の出した結論に従おうとした原因

・自分の状況について、常に100点でなければならないと思っており、長い目で見るという意識の希薄さ
 実際は、大学合格のために浪人したり、その点で切り取れば負け組に見えてしまえば
 負け組と断罪していた。実際、長い目で 見ればそんなことはない場合もあるわけで
 努力のため我慢が必要な時期もあるのに、そういうメリハリの付け方が分かっておらず
 できるだけ努力せず、早急に簡単な結論を出すことを最優先して生きてきた。

→「今はそういう時期だ」というふうにやり過ごせなかった原因

原因として考えたことは沢山あるんだけど、
簡単な言葉で書けないということは
まだあまり整理できていないんだと思う…。 

結局自分の問題が未整理で、自分でも把握しきれてなかったことが大きいと思っています。
自分の問題というか、正直親が未解決だったために親から背負わされてしまった親の問題という意識も大きいですが。

夫の「お前が俺を怒らせる」 発言が私の依存を引き出すまで

少し依存的なタイトルですが、当時の自分を振り返って
あるがままを書きます。

===

「お前が俺を怒らせる」 
夫は決まって私に対してそう言った。

初めて聞いた時、意味がわからないと思った。
頭おかしいんじゃないかコイツ、と思った。
本気で言ってるのだとしたら境界性人格障害だと思った。

指摘したかった。
しかし、本人の脳内では
ボーダーとか共依存とかそういうのは全部解決済みなんだそうだ。
何度も聞いた。解決した俺に引きかえお前は何だ、
さっさと解決しろ、と何度も言われた。

自分が解決したと殊更主張するところを見ると、
本当は未解決なことを無意識化で自覚してて、
それを気にしてるんだろう。

そんなギリギリのところに、
「その考え方はおかしい、やっぱあんたボーダーじゃん」などと言おうもんなら
どんな攻撃が待っているか分からない。

なので反論はしなかった。 

===

夫は、そうやって怒り、
叫びまくった後「怒り疲れた」とアピールするのであった。

いや、自分が勝手に怒ったのだろう。
そんなこと、私に言われても。

「怒ってるのはあなたであって私ではない」
「甘えるな」
という言葉を飲み込んだ。

===

怒らないこと」という本を、読んでみたら、と渡したけど
こんなものは俺に必要ない、怒るのは悪いことじゃない、
みたいな言い草だった。

反論しなかったら何度も言われた。
何度も何度も繰り返し言われる中で、
着実に私の中に罪悪感は刻み込まれていったのだと思う。

===

するとどうだろう、不思議な事に
「私が不安なのも夫のせいだ」と思い始めた。

だって、割にあわないじゃない。
怒らせるのは私のせいだって認めさせられてるんだから、
絶対に
「お前が私を不安にさせる」って認めさせてやる。
と。

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