雨のち晴れ〜毒親→モラハラ→離婚→現在

刑事罰を受けて開き直るレベルの毒親の顔色を見ながら育った結果、20代半ばでモラハラ夫と結婚・離婚。不幸を生む人間関係を断舎離し、30代半ばで再婚した人のものの見方の変遷。

心理学

ネットサーフィンで気になった単語ひたすらコピペ(3)

引用元:http://www.556health.com/ 

■動機

人の動機には、
・喜びに向かう動機
・痛みから逃げる動機
の二種類がある

本当に自分のしたいことが分からなくなるときというのは、後者

「どんな痛みから逃げたいと感じているのだろう?」
「どんな葛藤が、そこにあるのだろう?」

・痛みから逃げたいという動機と、
・別の痛みから逃げたいという動機の間で、
板挟み

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■痛みから逃げる

幼少期の孤独感を癒やす方法も分からず、恋愛に逃げ込んでいて、
新しく誰かと交際開始したときの高揚感・ラブラブ感があるときだけ、なんとか少し楽になれる、
浮気の恋愛をやめて孤独感という痛みと向き合うのは、いやだ。

でも、このまま浮気を続ければ、一番自分のことを分かってくれている本命の彼女を失うことになる。
それも、いやだ。

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■あなたのために
 
松下幸之助「客の好むものを売るな、客のためになるものを売れ」
→「夫の望むことをするな、夫のためになることをせよ」

相手の望みに反したことをしようというとき
人間の成長について、よくよく知っておかなければなりません。
ガミガミ言われたら成長するのか?
それとも愛に触れたときに成長するのか?
愛とは何か?
よくよく突き詰めて考えていないと、「夫の成長のために、私はこの行動をとる」と、自信を持って言えないと思います。

他人に対して影響力を発揮しようという場合には、責任も伴う
しっかり考え抜くという努力も必要

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■何をしたらいいのか

教科書的な解答は、ない

必死で知恵を絞って、あらゆる心理学の知識を総動員し、あらゆる経験を総動員し、
頼れる味方は全て頼って、そうやって、なんとか、まあやってみようかと思える解決策が出てくるくらいの感覚。

考え抜かずに、安易な手段を使うと、ドツボにはまる

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■無意識

無意識の働きで大事なのは、感情と信念です。
自分が気づかずに持っている信念に責任を持つこと。
自分の感情に責任を持つ

自分と違う感じ方、考え方の相手には、接し方も変える必要があると気づくことができます。

無意識の中に持っているものは、必ず、日常的に、行動や言葉の端々ににじみ出ているものです。

・表情
・声のトーン
・反応する話題とスルーする話題
・ストレスがかかったときに取りがちな行動
・絶対に着ない服
・人間関係における「天敵」
・恋愛のパターン

などなど。

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■暴言について 

相手の暴言で傷ついたとしても、傷ついたと感じている、自分の感情には自分で責任を持つということ。
感情にまかせて反撃したり、感情的で極端な行動に出たり(家出とか)して、不利益を被ったとして、
それは結局、自分の責任だということです。

いま自分が感じていない【無意識の中に抑圧している感情】にも責任を持つ、ということです。

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■夫の性格?

あるいは、自分に自信がない(無価値感)を強く持っているが、
人一倍頑張ることでそれを埋め合わせようとしている(=その感情にフタをしようとしている)人が
職場のマネージャーになって、部下たちを指導することになると、

いつのまにか、その人の持っている
「頑張らない人には存在価値はない」という無価値感(これは感情と信念が複合したものですが)が
その部署全体に広がっていき、メンタルな耐性が低い人から脱落して、
病気になったり職場を辞めたりします。

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■自分の性格

・私はいつもモラハラっぽい彼と付き合ってしまう
 →これを
  →私の中に、モラハラされる要素がある、それを見つめよう。
   →とやると、ますます自己否定になりやすいので、
    →私は、自分の望みを、恋愛が始まる前から表現しているだろうか?
    →私は、自分の存在価値を、自分で肯定しているだろうか?
     (自分に自信があるだろうか


1年前に起きた嫌なことが、感情と共に生々しく思い出せる人は、
感情の記憶力が高い人で-女性に多いのですが-そのような人は、
心理療法によって過去の感情を解放し、かつ、過去に足りなかった喜びを補っていく取り組みが有効


また、女性の側のコミュニケーションの問題もあります。
女性はよく、彼氏や旦那さんに「話し合いをしよう」と持ちかけ、相手から怖がられます。
なぜそうなるかというと、女性は自分の気持ちをどんどん話すからです。
嫌だったことなどをどんどん話す。
女性同士だと、そうか、あんたはそう感じたんだね、って感じでお互いに気持ちを確認し合えるのですが、
女性慣れしていない男性は特に、女性から不満の気持ちなどを話されると、

自分が責められているように感じてしまう

のです。

周りが全部敵で、自分しか頼れるものがいない。
そこで非を認めたら裁かれてしまう。そんな状況下では、自分の非は絶対に認められないはずです。

自分の非を認め、謝れるのは、周りにいるのが「味方」だと感じているときです。

彼自身の考え方、感じ方の問題もあるのだと思いますが、
怒っているときのあなたは、彼にとって「敵」に見えているのかもしれません。

「男性は、女性の不満や、ネガティブな感情を『自分が責められている』と捉えやすい」
ということを知っていれば、
「あなたを責めている訳じゃないけど」とか「話を聞いてくれるだけで楽になるんだけど」など、
有効な前置き
をおくこともできるはずです。

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■世界観

自分は、世界(他人)に対して、基本的に信頼できる、という感覚、
つまり「よいワールドイメージ(基本的信頼)」を持っていると思うか?

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■罪悪感

無邪気な愛+過酷な状況 → 罪悪感

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■ストレスの測り方

・自分の苦手な行動で見る
例)メールの返信がおっくうになったり
  机の上が散らかったり
ストレス度が高まると、自分の苦手な行動から、うまくできなくなります。
自分なりに「メールの返信がイヤになったら、ストレス度が高まっているかも」などの指標を作っておけると、
自分を知ることができます。

・自分の見ている景色で決める
元気なときは、朝「行ってきます」を言い、家族の方を振り返って家を出るけれど、
気になることがいっぱいの時は振り向かずに行ってしまう。
そういうパターンがあるなら、家を出たときに見ている景色が、後ろを振り返った、家の様子なのか、
前を向いている駅の方向の景色なのか、自分に見えている景色に違いがあるはずです。
あるいは、空を見ていることが多いとか、地面を見ていることが多いとか、
無意識に行動が変わっていれば、当然見ている景色も変わるわけですから、
気づこうと思えば気づけるはずです。

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■相手は変えられない

「相手は変えられない」という言い方には、「自分が悪い」というニュアンスがつきまといます。

人間関係には、お互いのメンタル体力の状態と、置かれている経済状況、人間関係の状況を考慮すると、
その関係に未来はないという関係があると私は考えています。

この中で特に、
①お互いが相手との関係を修復するための「意欲」を持ち
②継続的に解決のための行動をするための「メンタル体力」を持っている
ことが大事だと考えます。

それがないとき、それは、方程式で言えば「解なし」に相当する状態です。
二人が一緒にいても幸せにはなれない、手放した方がいい、そういう状態もあり得る

お互いに、自分は依存したいけれど、相手に愛情を注ぐなんて出来ないという状態に陥っているんですね。
=解決のための意欲も、メンタル体力も失われている状態

相手に80%原因があっても、本当にほしい結果があるのなら、自ら行動を起こしてみることが大切なのです。
×感情的に行動して、あとで後悔する
○本当にほしい結果に向けて、現実主義になって行動する

でも、これを受け入れるためには、
お互いに意欲がなくて、メンタル体力も失われているとき、この関係は「解なし」になっている。
あとは壊れるだけになってしまう、そういう可能性もあるという、

一種の「あきらめ」を受け入れる必要があります。
ここが難しい。

相手を責めながら、まだ希望があるはずだと思い続ける方が、そのときはむしろ楽

・二人とも関係修復に向けて相手に愛情を注ぐ行動が出来ないのであれば「解なし」
・夫は関係修復に向けての積極的努力をする様子がない(本心は分からないが)
すると、
・妻が行動を変えて頑張ってみるか、あきらめて別れるかしかない
という結論に。

その際に、どういう「心構え」「とらえ方」で取り組むのか、が大事なのですが、

×「私が悪いから、私が努力しなくてはいけない」
これでは、夫だけを免罪していて、とても正当な現状認識とは言えません。

○「浮気という行為は100%夫の責任。夫婦関係のすき間は二人の責任。」
こう考えることが大事ですね。そして、

○「確かに夫の方が責任は大きいけれど、今は問題に向き合う気力がない。
  だから、サポートできる私の方が、先に行動を起こそう。」
つまり、自分が悪くなくても、問題の解決のために立ち上がろうという発想です。
この気持ちになれるかどうかが、大事なのです。

相手が関係の改善のための行動を起こす気がないとき、
こちらも関係の改善のための行動を起こさないとしたら、

あとは自動的に、関係修復の方程式は「解なし」になってしまいます。

自分だけが行動を起こすのは、本当に苦しいものですが、
関係を終わらせてしまって本当によいのか、一度本気で悩んでみて、
もしも、バッサリ斬ってしまうことを良しとしないのであれば、
問題解決のために立ち上がろうという発想を持ってみてほしいと思います。


もちろん、やはり自分には荷が重すぎた、ということも-とても残念なことですが-あります。
だから、別れを選ぶこともまた、立派な選択肢のひとつだと思うのです。
修復と別れと、どちらが格上か、格下か、ということはないと思っています。

自分の中に基準や軸がなくて、思考停止し、相手任せにしたことを「信じる」と勘違いしていることがあります。
でも、何かことが起こったときに「裏切られた」と言うなら、
それは自分の決断に責任を持っていなかったということです。

そう信じるためには、相手が「自分の中に軸を持っている段階まで成長している」ことを
見抜ける必要があります。
なぜなら、自分の中に軸を持っていない、他人の顔色をうかがっているだけの段階(中期の自我)の人は、
そういったトラブルを起こしがちだからです。

自分を大切にすることと、相手に期待通りの反応を押しつけることは、全く違います。
自分を大切にするというのは、自分で自分を大切にすること。
相手の反応が悪くても、いちいち不機嫌にならないのが、本当に自分を大切にしている人です。

【自分で】自分を大切に出来るようになると、
他人に無言の圧力をかけて、自分を承認してもらう必要がなくなります

すると、「一緒にいて疲れる人」の汚名は返上、ということになります。

夫婦関係を良好に保つためには、
「相手の状況も含め、問題を客観的に見る、視野の広さ」
「問題を放置しないという、建設的思考」
「相手を責めずに、現在の問題を表現する伝え方」
「辛い状況があっても、落ち着いて対処する忍耐力」
「どんなことがあっても仲間割れしない、相手を信頼する、という信じる力」
などの能力が求められます。

自分の辛い感情を自分で受け止められず、パニックになり、相手に責任を押しつけたり、
逆に、
建設的に解決することをあきらめて、相手と問題意識を共有することもあきらめて、
(つまり相手を信頼せず)自分だけが我慢する道を選んでしまったりすることは、

結果として問題を放置して、解決せずに放っておくことを意味します。

ゴミが入っている自転車には次々とゴミが投げ入れられたそうです。
実際の人間関係でもそういう部分があるように思います。
自虐的だったり自分に対して投げやりだったりする人のことを大切にしたいと思う人は中々いません。

 ・他人がしてくれた親身なアドバイスを、実践しない。
 ・自分の生きている環境をよくするための前向きの努力がない。
 ・投げやりに生きているように見える。
 ・他人から何かをしてもらっても、嬉しそうじゃない。
 ・感謝の気持ちが薄い。

 こういう人は、中々人から大切にされにくいです。

 逆に、
 ・自分の人生を良くするためにコツコツと努力し
 ・他人の親身なアドバイスを聞き
 ・前向きで
 ・他人から何かをしてもらうと嬉しそうで
 ・感謝の気持ちが強い

 そんな人のことなら思いきり応援したい人が多いと思います。

自分の人生というカゴをキレイにしておき、素敵なものを受け取れるようにしておくのか、
それとも、自分の人生というカゴに自分でゴミを入れ、結果的に他人からもゴミを捨てられてしまうのか、
それは自分の心がけ次第といえます。

うまく行く人はね、今日よりちょっぴり良い明日のために、ちょっとだけ努力する。
その積み重ねが、良い人生を作る。それを地道にやってるんです。

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■親の一番の問題点
ひょっとして、あなたを育ててくれた親御さんは、
「自分の幸せのために、自分で努力する」ことが出来ない人だったかもしれませんね。

自分が不幸であることをアピールして相手を責める、みたいな。
嫌なら自分で何とかすればいいのに、周りのせいにする。
このクセ、親から受け継ぐと一番しんどいんだよね。
自力で生きる力がつかないから。

大変でしたね。そんな中でよく頑張って育ってきましたね。

人生って、思い通りに進まないことが多いものです。特に、自分の思いこみが激しいうちはそうです。

親との関係がうまく行かなかったから、トラウマを抱えていて、私の人生はうまく行かない。
確かにそれも一部かもしれません。

でも、一番の問題は、あなたの親御さんが「自分の幸せのために自分で努力する」という
人生の大原則を身をもって教えてくれなかったことじゃない?

今からでも、「自分の幸せのために自分で努力する」というその原則を覚えることが最大の解決策ですよ。

今感じる「やりたいこと」の中には、幸せにつながる「心から好きなこと」と、
依存症を悪化させてゆく「自分自身から目をそらすための逃げ」とがあります。

心の変化に時間がかかる

「私がほしいのは優しい言葉や愛情で、仕事ばかりするのは、冷たい!」みたいになるわけです。
考えてみると「私のほしいものを、私の思い通りに差し出してくれないなら、受け取らない!」という姿勢なので
結構わがままです。

この発想をしている限り、相手の愛情に気づかず、自分が損をしているわけです。

×相手に100%合わせなさい
○相手の心をくみ取って感謝しましょう


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■今の状態

心の中に蓄積した怒りが彼の行動をきっかけに出てきたに過ぎないんです。
もっと言えば、お父さんに対する怒りを彼にぶつけたということ。
感情の借金を彼に肩代わりさせた、みたいなことです。

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■別れを選ぶ場合

あなたの忍耐力と愛情の限界を超えるほど、相手の心の傷、心の問題が深い場合です。
この場合、やはり別れを選択するしかないでしょう。
別れることは悪いことではありません。
できる限りのことをしたけれど、やはり自分には支えきれない、
そう思ったときには別れを選択することも大切なことです。

その時には、別れる相手のことを「ひどい人、悪い人、ダメな人」と捉えるのではなく、
「私が支えきれないほど、心に重荷を抱えている人」と思ってあげてほしい

自分の中に善悪の基準とか、行動の規範とか、そういったものが内在化できず、常に相手の顔色伺いの中で生きている人は、実は大人でありながら、中期の自我から先に成長していない、ということになります。

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■回復法

幸せなことを100個書いてみましょう

たいしたことじゃなくていいんです。
大事なことは、幸せなことに視点を移すことです。

悩んでいるときって、24時間、嫌なことを考えているんです。
嫌なことを言われたのは一瞬でも、心の中で、繰り返し、繰り返し、ビデオを再生しているんです。
嫌なビデオをね。

そうじゃなくって、幸せなことについて考えるようなくせをつければ、嫌なことがあってもそれは一瞬。
の瞬間からは幸せなことについて考えていれば、暗くならないですみます。

夢分析(好みの香りを選ばされた)

今朝もまた、早朝覚醒してしまいました。

夢は、無意識を意識させるもの、らしく
ちょっと分析してみました。

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夢の内容:

居酒屋で、昔の職場の同僚に似たチャラ男っぽい人から
4分割されたハコに入った、小さな白黒のもの
ひまわりの種のような、小石のようなものを見せられ
どのにおいが一番好きか、と聞かれました。

どれが一番良いかは明らかで、
私は「どう考えてもこれ」と指さしました。

ですが、質問をしてきた男性は「えーうそ」
って感じのリアクションでした。

一緒にいた女性(小学校の同級生、クラスの中心的人物)も
「そう思う」と言ってくれました。 

そこで、あれもしかしてこれ夢かなー
だとしたら、全然脳休まってないじゃん、これ

そう思いながら目が覚めました。

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【分析】

選ぶことになったものの色や形、ハコの形状は
実家で飼ってる鳥の餌箱そのものだったので、
色自体にそんな意味は無いと思う。

クラスの同級生が出てきたのも、
昨日その子の家の前を通ってその子のことを思い出したからってだけで
特にその子に意味があるわけではないと思う。

という前提のもとキーワードを分析してみると

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居酒屋:
社交性。誘惑。自己受容の必要性。逃避。意識の変容。感情的麻痺状態。
内側よりも外側の力を求めていること。
 
箱:
自分の身体。自己の中に隠している感情。自己が創り出した小さな現実。
最も大切にしている理想や希望。自己の中の最高のもの。

※箱を見る→大きな約束、契約が待っている。
※箱を渡される→意外な所から幸運がやって来る。 

石:
心の硬さ。頑固さ。冷めている状態。感受性の喪失。不変の意志。永遠の存在。

種:
秘められたパワー。新しい可能性。潜在力。過去の経験から生まれた新しい考え。何らかの示唆。
※種を見る…忍耐の時。パワーの充電期。騙されるかもしれない不安。忘れられる事への不安
※食用の種・種実類・ナッツ・アーモンド等…パワーの源。

におい:
何かの予感。アイデア。感情。思い出。経験の質。

選ぶ:
1つに絞ること。まとめる必要性。何かを選択しなければならない状況。不安定な状態。
※何かを選んでいる
 →精神的に不安定な時。
   2つ以上の選択肢の中から1つのものを決めようとしている状況を、そのまま意味していることも。

男性 :
自己の独断的・攻撃的・力強い側面。合理的理性。実際性。知性。表面意識。意志。洞察するもの。

女性:
自己の創造的直感。受容性。情緒。慈しみ。順応性。感受性。無意識。見抜く力。開放性。

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【分析結果】

・今、内側よりも外側の力を求めている。

・精神的に不安定。

・「合理的理性。実際性。知性。表面意識」から、
 「何かの予感。アイデア。感情。思い出。経験の質。」について
 どれを選ぶのが自分の希望であり理想なのか、と判断を迫られている。

・「自己の創造的直感。受容性。情緒。慈しみ。順応性。感受性。無意識。見抜く力。」からは、即答で答えが出ている。

→合理的な表面意識VS情緒&無意識 という対立が起こっていて
 私は情緒の方を取ろうとしている。 

 

宝塚式「美人の25箇条」

1.笑顔がある
2.お礼を言える
3.おいしいと言える
4.生き生きとしている
5.自信がある
6.愚痴を言わない
7.希望や信念がある
8.他人のせいにしない
9.自分の欠点を知っている
10.ハキハキと話いじけない
11.少しのことで傷ついたりしない
12.嫉妬しない
13.目が輝いている
14.口角が上がっている
15.責任転嫁をしない
16.他人をうらやまない
17.ポジティブに物事を考える
18.常に問題意識を持っている
19.他人につくす
20.他人を信じる
21.人生においても仕事においても意欲がある
22.謙虚である
23.人のアドバイスや忠告を素直に聞く
24.自分が正しいと思いすぎない
25.存在自体が周囲を明るくする

ユングの外向的感覚

客体に感覚的に囚われてしまうと、感覚のコントロールが効かない 
→ 野卑な享楽家、過飾の耽美主義が現われる
→ 無意識の補償的な働きを捨てて、公然と反抗しだす
→ 抑圧されていた未熟な直観が、客体へと投影されて、おかしな憶測や嫉妬妄想、不安感があらわれる
→ 恐怖症、強迫症候があらわれる

病理的内容(抑圧された未分化の機能の病的な表現)
・非現実的で、ごまかしの屁理屈
・小心の道徳心
・儀式的で呪術的な宗教心

この性格の人には判断による制限が欠けている

(合理的な機能が未分化のため)感覚型の人は神経症になると、理性に訴えるような方法で治療することが極めて困難になる

ユングは
「この型の人になにかを意識化させるためには、感情を揺さぶるような強制手段が必要になることさえある」
と述べている


http://teenaka.at.webry.info/201007/article_11.html

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・目の前のものをそのまま受け取るのが得意
・今現在を楽しむことができる

・感じ方自体は一般的で、それを共有して楽しむ
・ただし、感度は高く、詳細に感じ、覚えていたりする

・明日のことを考えたり、過去を悔やんだりしない
・今現在や目の前の事実を大事にする

・感覚が勝ちすぎると、思考や感情が世間と同化する
・享楽家になる恐れも

ネットサーフィンで気になった単語ひたすらコピペ(2)

【外向的感覚】 
このタイプの人は客観的事実に関心があります。本質的に、現実的で、実際的で、細部を好み、抽象や価値や意味についてはあまり考えないようです。
彼らの目標は常に「感覚を持ち、できれば楽しむこと」。外界から得る感覚を、ともかく楽しみます。危険なスポーツなどで積極的にスリルを求め、「享楽家」の人が多く、将来のことはあまり気にしない傾向にある。ですから、友達として付き合うには最高の相手かもしれません。
「食べよう、飲もう、楽しくやろう、明日は明日の風が吹くさ」が彼らのモットー。しかし一方で、薄っぺらで「心無い」ように思われることがあります。「アリとキリギリス」のキリギリス・タイプでしょうか。

このような人は、事実を事実としてそのまま受け取り、経験値を上げていきます。ただ、思考や感情という合理的機能の力を借りないと、その経験を分類したり判断したりする事ができず、その機能を現実的に活かすことが難しい面も。また、事実のみに囚われすぎると、そこにある可能性に目がいかず、多くを失っている場合もあります。

(その影)
内向的直観型。
未熟な直観機能が内向化されているので、内的な出来事に左右され、外界とつながりを持たないことがあります。
それが活性化されると否定的な予感に振り回されることも。ないものを見たり、予見したりして、困るケースもあるでしょうか。それゆえ、些細なことで誇大妄想的になったり、敵対的になったりすることもあるようです。
また、その画一的な直観のせいで、秘教的な宗教や、古代神秘主義などに没頭し、周囲を驚かせることがあります。
要は、直観――可能性を受け取る機能――が未開発で、慣れていない。ほかのタイプ同様、影なる機能にウブなのです。

傾向:
本来は、リアリスト。
思考や感情が極端に欠如すると、お気楽者、享楽者になる。
あまりに現実のみに囚われると、その補償作用で非現実的なものに傾倒したりする。
下品に働くと異性を性欲の捌け口としか見ないし、上品に働くと耽美主義者になる。
ともかく感覚を楽しむ傾向がある。

これに囚われてしまうと、とにかく人生を楽しく生きることにのみに力を使う人になるかもしれません。そうなると、単なるお気楽者になることになり、友人としてはいいが、身内としては困る存在になったりする。
また、楽しむことに重きを置きすぎると、その他の多くのものを失うこともあるようです。
(人生を楽しんで、何も残さない人とか)

ただ、感覚的なものだけでなく、思考や感情という機能を鍛える事ができれば、蓄積した経験や事実を分類したり、芸術的表現につなげることも可能であると思います。 

http://www.geocities.jp/joutarou_m/special/special.htm#02  
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