雨のち晴れ〜毒親→モラハラ→離婚→現在

刑事罰を受けて開き直るレベルの毒親の顔色を見ながら育った結果、20代半ばでモラハラ夫と結婚・離婚。不幸を生む人間関係を断舎離し、30代半ばで再婚した人のものの見方の変遷。

読んだ本

窓ぎわのトットちゃん

窓ぎわのトットちゃんを読み終えた。
随所で涙が溢れてたまらなかった。

トットちゃんを見守る大人たちの優しさ。

世間一般の学校のモノサシで見れば、普通の小学校を退学になるトットちゃんは問題児で
世間一般の親なら、モノサシからずれるトットちゃんを必死に矯正を強制(くだらないダジャレ)
するところだけど
 
トットちゃんを世の中に無理やり合わせるのではなく、
トットちゃんに一番相応しいやり方をいつも考えてくれる両親と
トモエ学園の校長先生のまなざし。

この世の中に悪い子や要らない子はいない。
親になっていい人間と、
なってはいけない(のになった)人間=毒親がいるだけ
改めてほんとうにそう思った。

著者黒柳徹子もあとがきで、
もしあの子供の頃問題児のレッテルを貼られてたら
どんな人生を送ったかわからない、凄く感謝していると書いていた。

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この話。

今までの私なら、
「ずるい!それに引き換えうちの親は!」「ずるい!私なんかそんな風に育ててもらえなかった」
「そんなの金持ちだけの話だ」「そんな風に育ててもらえなかったから私はもうダメだ」
とただただ怒っていたと思う。

それが、ただただ感動して、心を洗われた、そんな思いだった。

この自分の心の変化に一番、驚いた。

 

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もしも、メールが無かったら

ネットやメールの言葉はいつまでも消えません。
トゲとなってずっと残ります。

つまり私たちが作り出した人工の情報は生命的ではないのです。

遺伝子はダメなあなたを愛してる/福岡伸一)

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家庭内別居から2ヶ月経過。

その間大して問題なく暮らしていながら
やっぱり夫とはやっていけない、そう思うきっかけは

酷い言葉が散りばめられたメールの文面でした。

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今現在夫がそのメールに書かれた内容と同じ感情を継続して持っているのかは
知りません。
でも私が「今」それを見て、それをうった本人が目の前にいて
何も語らない状況であると

その文面がその本人の本心であり状態である
そういう風に思ってもおかしくないと思いました。

もし、メールというもの…不自然なもの、人工的なもの がなかったら
私たちの関係はここまでこじれずに
膠着せずに
自然な流れに乗ってどちらかに決着がついていたのではないだろうか。
そんな気がします。

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この本は自然にまつわる小話を人間と絡めた短いお話がいくつも掲載されていて
読んでいるうちに、自分も自然な方向に流れ始めたのか
ひとつ、やってみたいことが出てきました。

前々から思っていたけど場所の制約があって出来なかったこと
それを、場所の制約を外すアイディアを思いつきました。

一見すごくお金がかかりそうなので、
安くあげられないか、毎日少しずつ考えていこうと思います。

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なんだか、内容が
「長期的視野のもと計画的に生きなければ」という
昨日のブログと180度変わってしまいました。

長期的視野を地球レベル、宇宙レベルに広げた結果
自分の長期的視野ってなんなんだろうって思ってしまった
そんな感じでしょうか。

こうやって、進んだり、戻ったように見えたりしながら
それでも進んでいる
そう自分に言い聞かせながら、過ごしています。


 

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夫婦の命日~結婚の幸せは夢の浮橋であり憂き橋である

結婚の幸せは夢の浮橋であり憂き橋である
紫式部のメッセージ/駒尺喜美)

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もうそろそろ、今の苗字じゃなくなるのかな…
新しい印鑑作らないと…
今度は、下の名前にしなくちゃ…

なんて考えていたら
急に、現姓の印鑑の隙間に染み込みっぱなしの朱肉が気になって
手入れをしてしまった。
台湾でほってもらった開運印鑑なのだ。

開運印鑑のはずだったけど、離婚だ

そう思った自分がいた。

つっこんでいうと、、
離婚=不運と思っている自分の目に気づく。

婚姻関係等あまり気にしなければ、
私はずいぶん生きやすい思考と健康な体を手に入れたし
それだけでも悪くはなかった気はするんだけど。

それでも、そんなセリフが
なんだかとても負け惜しみっぽい感じが残る、何故か…。

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冒頭に引用したこの本に、

紫式部は、源氏物語を
「<男の目><女の目><世間の目>と描き分け、あるいはからませながら展開した」
とあった。

それを読んではっとした。
私の中にあるのは何の目だろうか。
本当に私の目だろうか。

・開運なのに離婚かと思ったのは誰の目だろうか
・それでも自分は生きやすい思考を手に入れたからOKと思ったのは誰の目だろうか
・そんなの負け惜しみって思ったのは誰の目だろうか

私の目は世間の目と男の目に押し殺されて
きゅうきゅうに小さくなって出て来られなくなっってるんじゃないか。


世間の目→離婚は不幸
女の目(あるいは、自分の目)→世間体だけ取り繕っても実態が不幸じゃ意味が無い
男の目(あるいは、よく知らない人の目)→離婚して幸せなんて負け犬女の強がり

では、不幸って何?って話になるのだけど。

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印鑑の掃除をしながら
彫師さんもこんなすぐにゴミになるとは思わず
一生ものだからって、一生懸命掘ってくれたんだろうなぁと思う。

そこから広がって、祝福してくれた人のことを思い出す。

結婚という言葉に自動的についてくる表面的な祝福なんぞどうでもいい
選択を真剣に喜んでくれた義母や、
応援してくれた自分の家族…

こうやっていろんな人が
気にかけてくれて
祝ってくれて
結婚したのになぁ

裏切るかたちになったら申し訳ないなぁ

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あまりにも「自分の目」をないがしろにしてきたせいか
本当は自分がどうしたいのかわからない。自信がない。
同じ所をグルグル回っている。
離婚とか別居とか刺激的な言葉が減ったせいか、
ブログの読者が減っているのも目に見えている。

少なくとも私の場合
本気で悩み苦しんでるときは
刺激的な言葉や極端な言葉は出てこない

ってことは分かった。

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印鑑の朱肉がどうしても少し残ってしまう。
今使ってる歯ブラシが用済になったらそれでケアしよう。

そしてもし夫婦の命日が来たら
次また印鑑を作ろう。
作るときは姓でなく名にしよう。

 

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アンネの日記

多くの人は人生の終盤自分の人生をこう振り返る
自分の人生は無駄だったと

私は決して言うまい
自分の人生が無駄であったと

アンネフランク(1929~1945)

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ある尊敬する人のブログで引用されていた。
この短い文を読んで涙が出てしまった。
 
私の人生は、今のところ無駄だったとしか思えない。

私がアンネの年で死んでたら、間違いなく無駄だったと思うけど
才能と未来の可能性のある若者という立場のまま死ねた分、
まだ良かったかもしれない。

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配偶者に、
家賃を払わせるなら台所を使わせてほしい
権利を主張したら許可がきた。

権利ばかり主張して義務を果たさない人間とは一切口も聞きたくないので
年度内に離婚するので速やかに署名捺印下さいという連絡とともに。

年度内っていつなんだろう?
3月?12月?
確定申告だけは私にさせるつもりかな。

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カウンセラーからは、
とにかく、自分にとってどれが最上のパターンでどれが最悪のパターンか
シナリオを分岐して作成しときなさいねと言われた。

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しかし料理楽しかった。
やっぱ私料理大好き。

正直料理が出来て本が読めて
気の合う人と適当に会えてれば幸せなんじゃないかと思ったり。

どんなに気が合うと思った人でも
がっつり一緒に住むとキツイってことは分かったから
もう人間に深入りするってことはしない期待なんかしない
だからうまくやっていける気がするんだけど
それだとさみしいのかなぁ?

ピノコに聞いてみるか…。

 

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源氏物語に学ぶ男女の仲

仕事が終わって今日は1日休めました。
色々考え事をすすめたり、次の仕事を探したり、読書したりしました。
読んだ本は、医師に勧められた与謝野晶子訳の源氏物語です。

紫式部は男の気持ちも女の気持ちもわかっていると。

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ずっと興味ありつつも敬遠してたんですが、手にしてみたらふつうに読める文体でした。
男女の仲とか結婚とかそういったことに対する普遍的な要素が散りばめられていました。

読みやすい証拠に文章抜粋します

”私は過去の自分のしたことではあるが、あなたを不快にさせたつまらぬいろいろな事件を思い出しては胸が苦しくなるのですが、それだのにまたここでよけいな夢を一つ見ました。この告白でどれだけあなたに隔てのない心を持っているかを思ってみてください。”

”大臣は亡なくなるし、大宮も始終お悪いのに、私さえも余命がないような気がしているのだから、だれの保護も受けられないあなたは、孤独になってどうなるだろうと心配する。初めからあなたの愛はほかの人に向かっていて、私を何とも思っていないのだが、私はだれよりもあなたが好きなのだから、あなたのことばかりがこんな時にも思われる。私よりも優越者がまたあなたと恋愛生活をしても、私ほどにはあなたを思ってはくれないことはないかと、私はそんなことまでも考えてあなたのために泣かれるのだ”

”そう、だれがそんな習慣をつけたのだろう。あなたは実際私の心持ちをわかろうとしてくれない。私の思っていないことを忖度して恨んでいるから私としては悲しくなる”

”結局は深い考えもなく簡単に出家してしまう人よりも、道にはいることが遅れるわけである。”

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最後の一文がお気に入りです。
「出家」を「結婚」や「出産」に置き換えてみると
現代に通ずるものがあるように思えてなりません。

 

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ギャラリー
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  • 咲こうとする花の力
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