前回記事で、モラハラ渦中に居た頃と現在では交友関係が変わってしまった(交友関係が変わったことで人生が好転した)と書きました。私の場合、そもそも親がやばい人間でした。その親を否定しないために、周囲のどんなやばい人も否定してはならなかったんだと思います。根底的なハンディキャップがありました。


・何度も飲酒運転で捕まる。
・飲酒運転でついに事故を起こし相手に怪我をさせる
 ・裁判で、最後に言いたいことはないかと言われ「自分だけが罰されるのはおかしい。公務員なら許される」と謎の主張を行った、とわざわざ言ってくる(被害者意識
・見栄っ張りで「誰々と知り合い」的な自慢ばかりしているが自分に特に誇れることはない
・事業の数千万の資金について妻を連帯保証人にして借りて、踏み倒すのが前提だから大丈夫と言い張る
・子供さえいなければ自分は海外にい(て活躍して)たと子供に言う


・父親がひどい、自分はいつ離婚してもかまわないと主張し、居間に離婚届を飾る。
・スーパーの試食を子供のおやつにする
・安かったからという理由で使えないもの/要らないものを買うが、必要なものを「高いから」と買わない。
・送別の花束を花屋で買い、「高い」と文句を言って粘り、花屋に悪口を言われたと言う(自分が悪いのではなく花屋が悪い=被害者意識

親でなければこんな夫婦に関わりたくありませんから、当然ながらこの人達にろくな知り合いはいないと思います。ちなみに親類縁者は

父の弟(おじ)
・当時23歳になった私に「ピチピチギャルとは言い難い」と言い放つ
・美術館に行ってくるという私に「結婚して家庭を持ったら美術館とかそんな贅沢はあきらめなければならない」と貧乏子沢山自己紹介乙

父の弟の妻
・幼い我が子が回転寿司の高い皿を取ったという理由で何時間も泣き止まない位殴る
 そういう理由で殴ったと恥ずかしげもなく主張する
・観光ツアーの後ろにひっついて無料でガイドを受けたと自慢

こういうレベルの親族の本家初孫として、こんな人達の言動に一喜一憂してマトモに受け止めなければならなかったんです。やってられません。この人達と精神的距離が近ければマトモな人生は送れそうにありません。

要するに「君子危うきに近寄らず」は正解。
しかし、生まれたときから「危うき」が近くにいる者にとって、それに近寄らないことは非常に難しいです。

離婚して、自分を大切にできるようになって、自分の親は社会的にろくでもないやつだと認めてようやく、そういう危機管理能力が発達し、選択できるようになって、人生が好転した気がします。


 
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