前回の続き。
親は選べない。

けど、配偶者は違う。
配偶者なし、という選択肢だってある位。
そして私の配偶者は現実に、私に離婚してくれと言ってきている。

じゃあ、それに乗っかってもいいんじゃないか?

---

バツイチ三十路、資格なし。
それどころか精神科の病気持ち。
ものすごいハンデだ。

もしかしたら、離婚によって
今より悪い人生になるかもしれない。
少なくとも世間の目は厳しくなるだろう。

しかし、世間の目とやらは、
どんな内情の悲惨な結婚生活をしていても、
結婚して子供がいるというだけでまともな人だと見てくれるくらい
見る目がない。

しかも、その悲惨な結婚生活を維持するパーツであった子供は
数年後、数十年後に人格崩壊という形で
その後払いにしてきた不幸をすべて背負い込むのだ。

だから、そういう世間的なレッテルを度外視して考えてみる。

まずバツイチ三十路、資格なし

というが、職歴と学歴と最低限のビジネススキルがあるので、
選ばなければ、就職する分には全然困らない。
自分一人生きていく分には大丈夫だろう。
趣味や、副業としてやっていきたいことも決まっている。

そして精神疾患だが、近日中に寛解する気がする。
なぜなら、医師が出す薬を減らしてきてるし、
感覚的に、自分が持っている自己決定権に
気づき始めているのも分かる。

それに、一人で暮らしていたら
夫と二人でいるときよりも、全く落ち着いていきいきとして
いられることも実感した。
一日の時間が長く感じられるのだ。
別居して一ヶ月経つが、夫が居なくてさみしいと思う日が
本当に、ただの一日もなかったのだ。
毎日、夫が居なくて安心できる、と思っていたのだ。

---

離婚=不幸と世間はいうが

別居しているのに、家賃を払わされ、自分はジプシー生活をしている。
夫からこちらへのアプローチといえば、自分のしたことについて一切の謝罪はなく
こちらを糾弾するメールと、カネの催促のメールばかり飛んでくる状態。

今までは夫に対し、親切に考えていた。
この人は色々思ってるし気付いてけど言えないんだ、できないんだって。

でもその被害をこうむっているのは誰?

そして夫は、そんなふうに私の事情を慮ってくれているか?

そう考えると、バカらしくなってきた。

---

私の人生は不幸だった。生まれた時から。
実家では親の顔色をうかがい、いつも怯え暮らしていた。

そして今また、同じ状況になっている。
夫の顔色を伺い、怯え暮らしているのだ。

大きく違うのは、
親の場合は、切れるポイントが明白なのに対して
夫の場合は、同じことをしても、切れる時と切れない時があって
しかもその切れ方が尋常ではない点だ。

改めて考える。冷静に自分の心に問う。
夫の意図や思いは敢えて度外視して現実だけを見る。

だって私は夫の思いではなく
現実と向き合っていかなければ
暮らしてはいかれないのだから。

そのうえで、問う。

今の結婚生活以上より不幸な時代が、私にあっただろうか?

---

その道は君を待っている
光り輝け諦めずに天まで登れ。

その道は君が築く道
光り輝け遠慮なしだ天まで登れ。

 

にほんブログ村 家族ブログ DV・モラハラへ