2年間植物状態だった自己愛性人格障害の祖母が死んで
毒親達が責任のなすりあいをしながらすったもんだした結果
1日あけて、通夜と葬儀の日程がやっと決まりました。

実の祖母が死んだというのに、仕事の心配ばかりして
なんとか行かずに済ませる方法はないかと考えている私は
常識的に考えれば、薄情だと思うかもしれません。

毒親とかそういうものとは無縁の人にとっては、想像もできない世界でしょう。
しかし、祖母による人格を無視した不適当な養育で精神を病まされ(医師認定済)た身、
しかも、明日から新しい仕事が決まっていた身としては本当に、悲しみより何より先に
「なんでまたこのタイミングに?」という思いが立ってしまうんです。

私が大学受験の為に上京をする日に、意図的にベッドから落ちて
骨折詐欺をして、罵声を浴びせてきた相手です。

それが、やっと決まった派遣の初出勤日めがけて死んだのです。

最後の最期まで自己愛性人格障害を全うし、
私の初出勤日に合わせて命がけで邪魔してきたように思えてしまいます。


上記一件はあくまで象徴、他にも無数に出来事があって
今の感情につながっているのですが…

死んだ時点で、生前の罪は全て許さなければならないのでしょうか?
であれば、祖母のように他人を妨害してまで
自分の好き勝手を通し続けた人間の
勝ち逃げなのでしょうか?

祖母の葬儀に行かなければ「薄情者」、
行けば行ったで、数ある派遣会社の中でいつもいい仕事を紹介してくれた派遣会社に
泥を塗る格好になります。
どっちに転んでも私へのダメージは大きいです。

祖母について
人格が崩壊した原因から解放されて魂は成仏するだろうという思いと
いつものように自分を愛し世を恨みながら死んでいったに違いないという思いが
せめぎ合い、混乱しています。


   

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