雨のち晴れ〜毒親→モラハラ→離婚→現在

刑事罰を受けて開き直るレベルの毒親の顔色を見ながら育った結果、20代半ばでモラハラ夫と結婚・離婚。不幸を生む人間関係を断舎離し、30代半ばで再婚した人のものの見方の変遷。

2019年04月

会社の経費着服を自慢するような人と仲良しだった昔の自分

前回記事で、モラハラ渦中にいて離婚を支えてくれた人々と、生活を取り戻すにつれ縁が切れたことについて、具体的に書き記すことで問題を整理してきました。

さらに思い出してみると、離婚についてとくに話もしなかったような距離感の人とも、ご縁が切れました。自分の物事の捉え方が変わると、モラハラ夫との生活に耐えていた当時の自分は我慢できてた人の態度が、受け入れがたくなったケースのなんと多いことか…とも思います。これまでのように振り返ってみます。

1)具体的にどんな人だったのか?
2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?
3)縁が切れたきっかけは?
4)今の自分だったらどう対応するか?



  1. 具体的にどんな人だったのか?
  • 会社の経費を着服
他大学の人でしたが、大学の新歓時期に知り合った先輩でした。就職後、会社経費の着服を頻回に自慢してたのを覚えています。ちなみに会社の営業成績は最低だったそうです。日報の数字を全部ひらがなで書いたと自慢していました。(さんがつにじゅういちにち)年功序列で、そんな人にも部下がいたらしいのですが、自分の方が営業成績悪かったらしく、部下の揚げ足を取って非難していました。社内旅行にヒトラーのコスプレをして行ったと自慢していました。

  • 東日本大震災翌日に挙式、ハネムーンでリソースを割かせたことが自慢
そんな人が結婚するというので、落ち着くことを期待したのですが、そんな矢先…結婚式の前日に東日本大震災が発生しました。しかし、翌日の式は予定通り決行。さらに、その翌日は予定通りハネムーンに行けたという一連の流れを、自分は「こんなに苦労した、頑張った」と何故か被害者ヅラで武勇伝として自慢していました。

震災直後の混乱期は、航空券をキャンセルして、日本から出国できなくて困っている外国人にあげた人も多かったと聞きます。すべてキャンセルしろとまでは言いませんが、震災直後で、被災してない自分が被害者面して、あまつさえ、自分の為にリソースを割かせたことを武勇伝口調で語ることに対して、強い違和感を覚えました。
  • アウシュビッツで夫婦で笑顔でピースの年賀状
なお、ハネムーン先はアウシュビッツでした。そして、強制収容所前で夫婦で笑顔でピースの写真を年賀状にして送ってきました。震災直後とか関係なく、もう人間としてアウトではないかと。結婚して落ち着くかと思ったけど、似た者同士で結婚したか、あるいは、気弱で操作しやすい女を妻に選んだか…いずれにせよ回復の見込みはないと思いました。
  • 第一子の性器の障害を顔&実名とともに公表
そして奥様が妊娠したことを、誰も聞いてないのに、安定期に入る前に「アウシュビッツでハネムーンベイビーを作った」と皆に吹聴して回っていました。そのお子さんは、生まれてすぐ、先天性の障害があることが判明しました。

何故そんなセンシティブことを知っているかと言うと、付き合いで出た飲み会で、何も聞いてないのに一方的に語られたからです。どうやら、ブログでも男児誕生の一報と命名報告があった数日後に、「女の子でした」なんでも「先天性障害で、女児なのに男性器がついてた」と、我が子の顔と実名ごと公表していました。

重要なホルモンの分泌機能がない病気で、ホルモンを補う薬さえ飲んでいれば普通の生活は送れるけど、飲まないと死ぬそうで、生涯治らないそうです。調べてみると、先天性、遺伝性の障害だそうで、この方も奥様も同じ病気の遺伝子を持っていたことが原因だったようです…。

一生薬を飲む必要があることを周囲の人に理解してもらうのは必要かもしれませんが、特に性器の形状を、子供のフルネームと一緒に全世界に公開することに、デメリットはあっても、メリットはないと思います。その場の自分の感情で動いてるだけです。お子さんが大きくなって、クラスの男子あたりが見つけたら、とは、考えないのでしょう。
  • 妻もバレバレの嘘をつく
このように、親になることも、彼の奇行の抑止力にはなりませんでした。というか、しょうもない嘘の多い人で…ちょっと理解不能でした。

SNSに「お菓子の袋を開ける音で、子供が起きた」と書き込んだ数日後に「お菓子を大人になってから食べたことがない」と書き込んでました。現実離れした設定を自分で作り、その設定を数日で忘れてしまうようです。

そもそも、いくら夫がやりたいといったからって、アウシュビッツの前でピースしてる写真撮れる時点で、普通の女性ではない感じがします。それを夫婦連名の年賀状に使うのを承諾するというのも…。


2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?

おかしいと思うことは多々ありましたが、向こうのほうが年齢が上なので立てなくてはと思っていました。親のことを立てていたように。

3)縁が切れたきっかけは?

ある日、友人たちとこの方のご実家にお呼ばれして行きました。すると、その方のお父様が出てきて、ホームビデオを流し始めました。その方中学高校時代のものですが、そんなもの、全然興味もないですし、見たくもないですし、そんな人生無駄にしたくないです。

その方本人も止めればいいのに、「やめろよぉ〜」みたいなことを言ったきり、下唇をかんでずっと下を見ていました。あ、毒親だと思いました。

そのビデオ上映会があまりに長すぎて、中座して、それ以降お会いしておりません。

なお奥様のほうは、育休が終わって専業主婦になった頃から突然弱気になりました。

「夫に養ってもらっているのだから感謝しなければ」系
の書き込みが増えました。「夫が娘を殴った」と書き込んで、見てて止めなかった自分も被害者であるかのような口ぶりでした。恐らく経済DV・モラハラ受けてるんだろうな―と推察されました。ちょうど私がモラハラに合ってた時期と重なっていました。

元々奥様がまっとうな人であれば、話だけでも聞こうかなと思ったのですが、元々の感性が違いすぎるため、関わりたくない思いのほうが上回りました。お子さんへの罪悪感はありましたが、現時点ではお節介でしかない、もしお子さんから私に助けを求めてこられることがあった際は助けようと気持ちを切り替えました。

4)今の自分だったらどう対応するか?

会社の経費着服を吹聴された時点で、フェイドアウトします。当時の自分は、経費の着服を良いことだと思うような、少なからず同じマインドがあったんだと思います。スーパーの試食をおやつにさせるような親のもとで育ったので、親と関係が切れるまで、そういう発想をしてしまったのは当然かもしれません。本当に、しょうもない親から生まれ、社会に貢献するどころか社会の寄生虫だったからこそ、変な人を引き寄せたんだなと反省しています。



<加筆>

https://www.youtube.com/watch?v=wF5WvnCn63U

メンタリストDaigoが、関わってはいけない人としていくつか特徴をあげていました。
このかたを思い出しました。
まさに、徹底的に距離を置かないといかんとDaigoが言ってるタイプの人間でした。


 
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モラハラ脱出を手伝ってくれた人と現在の関わり(4)ゼミの後輩

以前の記事で、モラハラ渦中にいて離婚を支えてくれた人々と、生活を取り戻すにつれ縁が切れたと書きました。下記軸で具体的に書き記すことで問題を整理し、手放したいと思います。

1)具体的にどんな人だったのか?
2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?
3)縁が切れたきっかけは?
4)今の自分だったらどう対応するか?


三人目として、親類所有アパートの空室を貸してくれたゼミの後輩(20代男性)を紹介します。

1)具体的にどんな人だったのか?

諸段の事情から夜逃げ実行日を決めたのですが、新居の入居可能日と間が空いてしまいました。そこでゼミの後輩の親が小さなアパートを持っていると言っていたのを思い出しました。「もし空室があれば新居の入居可能日が到来するまで借りられないか」と聞いてみたら、OKが出ました。

その後輩の実家は、都内にそのような投資物件を持っている程度に裕福でした。後輩本人は幼稚園からエスカレーターで有名私大に行ったらしいです。(後日聞いたところによれば、高校時代、性格が良く皆から好かれていた吃音症の生徒を、積極的に「どもり」と言って虐めていたそうです。)そんなエリートコースを歩んだにも関わらず、当の本人はアラサー・パートタイマー・実家暮らしでした。

なんでも大学卒業後就職したのですが半年で辞め、突然某難関資格を取ると言い始めました。その資格を取る理由を聞いたら「難しいと言われる資格だから」で、資格取って何かしたいわけではなかったようです。

資格受験に3年連続で落ちたあたりで、その資格試験のことはなかったことになって、自称アーティスト様になっていました。ピコ太郎が売れた直後に、ピコ太郎っぽい何か(派生動画でも何でもない何か)を録音して公開していました。

現在は、お父様が某有名企業を早期退職したタイミングで、お父様にアイディアとお金を出してもらった事業で社長におさまってるみたいです。ちなみに彼には妹がいるようですが、親のスネは一切かじらず自活しているようです。

彼は結局別に資格を取りたかったわけでもなく、アーティストになりたかったわけでもなく、追う夢がない以上「夢追い人」ですらありません。ですが、自分を否定する人を遠ざけ、耳障りの良いことを言ってくれる人で周囲を固めています。自分探しですらないメインストリームから逸れたという事実を隠すものを探しに人生を費やしている印象を受けました。

2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?

私は彼にとって必要な「批判しない人」だったと思います。後輩の話を否定せず聞いていました。向こうは私の話も聞いてくれました。今思えば、会話になっていたかは微妙です。お互い自分の言いたいこと言って満足してただけって気もします。

3)縁が切れたきっかけは?

こちらがモラハラから立ち直って生活を取り戻すに連れて、彼の
仕事に対する姿勢に違和感を覚え、苦言を呈さざるを得ないようになりました。また、ペットいじめ自慢をされたので咎めたら、縁を切られました。

その後、「また俺様の力がまた必要になれば力になりますよ」みたいな上から目線の一方的なメールが定期的に届きますが、当然ながら全く必要ないので全部シカトしています。しつこいので現在は着拒にしています。

4)今の自分だったらどう対応するか?


このような人間に恩を作るのが嫌なので、借金してでも数日ホテルに泊まるなどして、この人の力を借りないようにしたと思います。特に私は動物大好きなので、ペットいじめする人間だけは本当に絶対に許せません。


 
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モラハラ脱出を手伝ってくれた人と現在の関わり(3)職場の友人?

以前の記事で、モラハラ渦中にいて離婚を支えてくれた人々と、生活を取り戻すにつれ縁が切れたと書きました。下記軸で具体的に書き記すことで問題を整理し、手放したいと思います。

1)具体的にどんな人だったのか?
2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?
3)縁が切れたきっかけは?
4)今の自分だったらどう対応するか?


二人目として、離婚資金を貯めるために勤務していた派遣先にいた派遣社員(30代女性)のことを書きます。

1)具体的にどんな人だったのか?

話を聞いてくれて、私に離婚するよう強く薦めてきた人でした。夫の癇癪が嫌で家に帰りたくないとき、家にも泊めてくれることもありました。頭の回転は早く面白いところもあったのですが、思い込みと押しの強い人でした。

「自分の連絡先を教えてもらえるのは選ばれし人間で、あなたには教えてあげる」と勿体つけて連絡先をくれました。言動から自分のことを美女だと思っているみたいで、とかく周囲の男が自分に惚れてるとでも言いたげな話を延々として、「きっとその人あなたのこと好きなんじゃないですか」という相槌を打つのが私の役割でした。

彼女と知り合った頃は、お互い時給1700円の派遣でした。しかし、彼女の家に呼ばれて行ってみたら、都内一等地のデザイナーズマンションに住んでいました。給与が全額家賃になってないかと思うような…。彼女は30手前まで親のお金で米国で学生してたので、親の援助でもあるのか?と思いきや、親は特に裕福でなく、彼女の学費を払うために、彼女の妹さんは大学に行けなかったらしいです。

彼女の妹さんは新婚らしいのですが、「絶対あの男はやばい離婚する」みたいなことをしきりに言っていました。話を聞く限り、全然やばい男性には思えませんでしたが、彼女は離婚してほしいという結論ありきで話していたのではないかと思います。

今思えば、多分私にも離婚してほしかったんだと思います。彼女の中で離婚=不幸で、ご自身がすごい恋愛体質なのに、自分の恋愛がうまくいかず、他人の不幸を願い始めた印象でした。彼女は、前の派遣先は妻子ある上司に惚れてしまい、気持ちを抑えていたら胃潰瘍になり退職した等と言ってましたし…。

あと他人のことを、やたら「禍々しい」と言っていましたが、自分自身が禍々しいからこそ、そういう発想が出るんじゃないかなと…。そもそも普通の会話で、人に向かって「禍々しい」って使う人初めて会いました。

そして、派遣先を「昔から行きたいと思ってた日本を代表する某有名企業に就職が決まったから」と言って、契約期間途中で急に退職されました。

2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?

彼女にこちらから連絡することはなかったのですが、ものすごい頻度で連絡がきました。職場が違うようになっても、彼女は頻繁に私とスカイプで長時間連絡を取りたがりました。荷物を整理して夫の家から逃げ出すという大仕事をやってのけた当日も、後述のアパートで休みたかったにも関わらず、私の家に来いという彼女の押しに負けて断ることはできませんでした。

一事が万事この調子で、こちらは仮住まいからの引越しだったり、離婚手続だったり、物理的にも精神的にも大変な日々だったにもかかわらず、自分を最優先しろという態度を崩さない彼女に私は異を唱えることができませんでした。せっかくできた友達大切にしなきゃと思っていました。

3)縁が切れたきっかけは?

そんなある日、彼女がスカイプしろと約束した時間に、私の帰宅が間に合わないことを連絡したら、切れて、絶縁されました。それと時同じくして、彼女とは面識のないFacebookの私の友達に、私を誹謗中傷するような凸をかましたようです(友達から聞きました)。凸がどんな内容だったかは、知らなくていいと言われたので、分かりません。

同時に、頼んでもないのに彼女が一方的に貸してくれた本について、勤務先である●●本社に送るようにと命令してきました。働きながら離婚手続きを進めているこちらの都合などお構いなしの要求でしたが、全て手続が済んで、身辺が落ち着いてから対応させていただきました。すると、●●本社から私の携帯に電話がかかって「✕✕宛に荷物をお送りいただきましたが、✕✕は退職しておりまして…」と言われ愕然としました。今どうしているのか不明です。

当時は何故彼女がその程度のことでそこまで激怒するのか全然わからず、自分を責めに責めて、何が悪かったんだろう?と、お世話になった電話カウンセリングのカウンセラーさん(前述のセクハラカウンセラーとは別の人)に相談しました。すると「あなたが悪いんじゃない」と何度も言ってくれました。

4)今の自分だったらどう対応するか?

多分、そもそも職場の人にこんな個人的な重大な悩みを打ち明けたりしないと思います。…で話が終わってしまうと反省にならないので、それは当時の状況として仕方ないものとして考えていきます。

彼女はプライドが高いので「あなたのことを蔑ろにするわけではないけど」と断った上で「離婚手続きで忙しいんだ」と、自分の状況を伝えて、理解を求めたと思います。無理しない付き合い方を模索したと思います。それでも「私を一番にしないなんて!」と彼女の方から絶縁宣言かます未来しか見えませんが、それは、彼女の求める距離感と、私の求める距離感が合わなかっただけで、私が悪いわけでも彼女が悪いわけでもないと考えます。

 
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モラハラ脱出を手伝ってくれた人と現在の関わり(2)カウンセラー

以前の記事で、モラハラ渦中にいて離婚を支えてくれた人々と、生活を取り戻すにつれ縁が切れたと書きました。下記軸で具体的に書き記すことで問題を整理し、手放したいと思います。

1)具体的にどんな人だったのか?
2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?
3)縁が切れたきっかけは?
4)今の自分だったらどう対応するか?


一人目として、通っていた診療内科のカウンセラー(50代男性)のことを書きます。

1)具体的にどんな人だったのか?

離婚手続の代理人をしてくれた人です。病院を離れても、色々と助けてくれた方なのですが、同時に「公衆の面前で私の口に指を入れる」などのセクハラ奇行をされていました。性的なことを匂わせるような発言もたくさんされました。ちなみにカウンセラー資格は有しておらず、何故カウンセラーとして勤務できていたのかちょっと謎ではあります。私は、病院にセクハラのことは言えずにいましたが、ご縁を切るより前に、病院はクビになっていました。

2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?

この人に嫌われたら助けてくれる人が他にいないとか、自己主張したら嫌われる、人から嫌われることは悪いこと等と思って、とにかく我慢しました。

3)縁が切れたきっかけは?

夫との離婚が成立して、態度が悪化しました。毎週のように食事に誘われ、体を触って当然、前述のように指を口に突っ込んでくることもありました。二人っきりにならないようにしていましたが、離婚数ヶ月が経ったある日、むこうの奥様もお子様もいるときに「送っていく」と車で二人っきりされてしまいました。車内で体を触られたとき、「やめてください!」と言って、降りて、そこから会っていません。

4)今の自分だったらどう対応するか?

最初に「被害にあった」と感じた時点で、冗談っぽくセクハラをたしなめると思います。そうすることで、相手を加害者にもせず、私を被害者にもしないようにしたと思います。私が嫌だと言わないことが向こうもどんどんエスカレートしたものと思いますし、嫌だと言ったところで諸々手伝ってはくれたような気もしますが、分かりません。

ただ、自分の病院に来てる患者で、精神状態普通じゃないの知った上でセクハラを行うというのは、色々助けてくれたことを差し引いても良識は疑います。


 
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モラハラ脱出を手伝ってくれた人と現在の関わり(1)

以前の記事で、モラハラ渦中に居た頃と現在では交友関係が変わってしまった(交友関係が変わったことで人生が好転した)と書きました。

実はモラハラ夫の元から脱出する際に、私に脱出しろと説得し、物理的、精神的に大きく手を貸してくれた人が3人いました。しかし、現在では全員すっかりご縁が切れております。

私の場合、(家庭で言うことはタブーだったが)親が貧しく、(当時は気づかなかったけど今思えば)モラ夫から経済的DVも受けており、お金がなく、ちゃんと離婚したくても弁護士を立てたりすることは不可能でした。したがって、信じがたいことに、周囲の人から色々と、無償で助けてもらいました。

しかし、立ち直っていくに連れて、不思議とご縁が切れていきました。ご縁が切れるたびに、当時は自分を責めに責めたものでしたが、今思えば、私が彼らに依存的でなくなって、自分自身の力で生きていこうとすると、彼らにとって私は必要ない人間になったのだと思っています。お互いに、必要がなくなった。

モラハラを引き寄せる思考をしていた頃は、どんなに我慢してでも縁をつながなきゃいけない、縁が切れることが悪いこと、友達が少ないほうが悪い、仲良くできないことは悪いこと、と思ってましたが、思い返すと、全然そんなことはなかったと感じています。

というわけで、モラハラにあってた頃波長が合って(?)助けてくれた人々が

1)具体的にどんな人だったのか?
2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?
3)縁が切れたきっかけは?
4)今の自分だったらどう対応するか?


という軸で、一人ひとり掘り下げていこうと思います。



 
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