前回記事で、モラハラ渦中にいて離婚を支えてくれた人々と、生活を取り戻すにつれ縁が切れたことについて、具体的に書き記すことで問題を整理してきました。
さらに思い出してみると、離婚についてとくに話もしなかったような距離感の人とも、ご縁が切れました。自分の物事の捉え方が変わると、モラハラ夫との生活に耐えていた当時の自分は我慢できてた人の態度が、受け入れがたくなったケースのなんと多いことか…とも思います。これまでのように振り返ってみます。
1)具体的にどんな人だったのか?
2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?
3)縁が切れたきっかけは?
4)今の自分だったらどう対応するか?
震災直後の混乱期は、航空券をキャンセルして、日本から出国できなくて困っている外国人にあげた人も多かったと聞きます。すべてキャンセルしろとまでは言いませんが、震災直後で、被災してない自分が被害者面して、あまつさえ、自分の為にリソースを割かせたことを武勇伝口調で語ることに対して、強い違和感を覚えました。
何故そんなセンシティブことを知っているかと言うと、付き合いで出た飲み会で、何も聞いてないのに一方的に語られたからです。どうやら、ブログでも男児誕生の一報と命名報告があった数日後に、「女の子でした」なんでも「先天性障害で、女児なのに男性器がついてた」と、我が子の顔と実名ごと公表していました。
重要なホルモンの分泌機能がない病気で、ホルモンを補う薬さえ飲んでいれば普通の生活は送れるけど、飲まないと死ぬそうで、生涯治らないそうです。調べてみると、先天性、遺伝性の障害だそうで、この方も奥様も同じ病気の遺伝子を持っていたことが原因だったようです…。
一生薬を飲む必要があることを周囲の人に理解してもらうのは必要かもしれませんが、特に性器の形状を、子供のフルネームと一緒に全世界に公開することに、デメリットはあっても、メリットはないと思います。その場の自分の感情で動いてるだけです。お子さんが大きくなって、クラスの男子あたりが見つけたら、とは、考えないのでしょう。
SNSに「お菓子の袋を開ける音で、子供が起きた」と書き込んだ数日後に「お菓子を大人になってから食べたことがない」と書き込んでました。現実離れした設定を自分で作り、その設定を数日で忘れてしまうようです。
そもそも、いくら夫がやりたいといったからって、アウシュビッツの前でピースしてる写真撮れる時点で、普通の女性ではない感じがします。それを夫婦連名の年賀状に使うのを承諾するというのも…。
2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?
おかしいと思うことは多々ありましたが、向こうのほうが年齢が上なので立てなくてはと思っていました。親のことを立てていたように。
3)縁が切れたきっかけは?
ある日、友人たちとこの方のご実家にお呼ばれして行きました。すると、その方のお父様が出てきて、ホームビデオを流し始めました。その方中学高校時代のものですが、そんなもの、全然興味もないですし、見たくもないですし、そんな人生無駄にしたくないです。
その方本人も止めればいいのに、「やめろよぉ〜」みたいなことを言ったきり、下唇をかんでずっと下を見ていました。あ、毒親だと思いました。
そのビデオ上映会があまりに長すぎて、中座して、それ以降お会いしておりません。
なお奥様のほうは、育休が終わって専業主婦になった頃から突然弱気になりました。
「夫に養ってもらっているのだから感謝しなければ」系の書き込みが増えました。「夫が娘を殴った」と書き込んで、見てて止めなかった自分も被害者であるかのような口ぶりでした。恐らく経済DV・モラハラ受けてるんだろうな―と推察されました。ちょうど私がモラハラに合ってた時期と重なっていました。
元々奥様がまっとうな人であれば、話だけでも聞こうかなと思ったのですが、元々の感性が違いすぎるため、関わりたくない思いのほうが上回りました。お子さんへの罪悪感はありましたが、現時点ではお節介でしかない、もしお子さんから私に助けを求めてこられることがあった際は助けようと気持ちを切り替えました。
4)今の自分だったらどう対応するか?
会社の経費着服を吹聴された時点で、フェイドアウトします。当時の自分は、経費の着服を良いことだと思うような、少なからず同じマインドがあったんだと思います。スーパーの試食をおやつにさせるような親のもとで育ったので、親と関係が切れるまで、そういう発想をしてしまったのは当然かもしれません。本当に、しょうもない親から生まれ、社会に貢献するどころか社会の寄生虫だったからこそ、変な人を引き寄せたんだなと反省しています。
<加筆>
https://www.youtube.com/watch?v=wF5WvnCn63U
メンタリストDaigoが、関わってはいけない人としていくつか特徴をあげていました。
このかたを思い出しました。
まさに、徹底的に距離を置かないといかんとDaigoが言ってるタイプの人間でした。

さらに思い出してみると、離婚についてとくに話もしなかったような距離感の人とも、ご縁が切れました。自分の物事の捉え方が変わると、モラハラ夫との生活に耐えていた当時の自分は我慢できてた人の態度が、受け入れがたくなったケースのなんと多いことか…とも思います。これまでのように振り返ってみます。
1)具体的にどんな人だったのか?
2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?
3)縁が切れたきっかけは?
4)今の自分だったらどう対応するか?
- 具体的にどんな人だったのか?
- 会社の経費を着服
- 東日本大震災翌日に挙式、ハネムーンでリソースを割かせたことが自慢
震災直後の混乱期は、航空券をキャンセルして、日本から出国できなくて困っている外国人にあげた人も多かったと聞きます。すべてキャンセルしろとまでは言いませんが、震災直後で、被災してない自分が被害者面して、あまつさえ、自分の為にリソースを割かせたことを武勇伝口調で語ることに対して、強い違和感を覚えました。
- アウシュビッツで夫婦で笑顔でピースの年賀状
- 第一子の性器の障害を顔&実名とともに公表
何故そんなセンシティブことを知っているかと言うと、付き合いで出た飲み会で、何も聞いてないのに一方的に語られたからです。どうやら、ブログでも男児誕生の一報と命名報告があった数日後に、「女の子でした」なんでも「先天性障害で、女児なのに男性器がついてた」と、我が子の顔と実名ごと公表していました。
重要なホルモンの分泌機能がない病気で、ホルモンを補う薬さえ飲んでいれば普通の生活は送れるけど、飲まないと死ぬそうで、生涯治らないそうです。調べてみると、先天性、遺伝性の障害だそうで、この方も奥様も同じ病気の遺伝子を持っていたことが原因だったようです…。
一生薬を飲む必要があることを周囲の人に理解してもらうのは必要かもしれませんが、特に性器の形状を、子供のフルネームと一緒に全世界に公開することに、デメリットはあっても、メリットはないと思います。その場の自分の感情で動いてるだけです。お子さんが大きくなって、クラスの男子あたりが見つけたら、とは、考えないのでしょう。
- 妻もバレバレの嘘をつく
SNSに「お菓子の袋を開ける音で、子供が起きた」と書き込んだ数日後に「お菓子を大人になってから食べたことがない」と書き込んでました。現実離れした設定を自分で作り、その設定を数日で忘れてしまうようです。
そもそも、いくら夫がやりたいといったからって、アウシュビッツの前でピースしてる写真撮れる時点で、普通の女性ではない感じがします。それを夫婦連名の年賀状に使うのを承諾するというのも…。
2)当時の自分はどんな対応をしていたのか?
おかしいと思うことは多々ありましたが、向こうのほうが年齢が上なので立てなくてはと思っていました。親のことを立てていたように。
3)縁が切れたきっかけは?
ある日、友人たちとこの方のご実家にお呼ばれして行きました。すると、その方のお父様が出てきて、ホームビデオを流し始めました。その方中学高校時代のものですが、そんなもの、全然興味もないですし、見たくもないですし、そんな人生無駄にしたくないです。
その方本人も止めればいいのに、「やめろよぉ〜」みたいなことを言ったきり、下唇をかんでずっと下を見ていました。あ、毒親だと思いました。
そのビデオ上映会があまりに長すぎて、中座して、それ以降お会いしておりません。
なお奥様のほうは、育休が終わって専業主婦になった頃から突然弱気になりました。
「夫に養ってもらっているのだから感謝しなければ」系の書き込みが増えました。「夫が娘を殴った」と書き込んで、見てて止めなかった自分も被害者であるかのような口ぶりでした。恐らく経済DV・モラハラ受けてるんだろうな―と推察されました。ちょうど私がモラハラに合ってた時期と重なっていました。
元々奥様がまっとうな人であれば、話だけでも聞こうかなと思ったのですが、元々の感性が違いすぎるため、関わりたくない思いのほうが上回りました。お子さんへの罪悪感はありましたが、現時点ではお節介でしかない、もしお子さんから私に助けを求めてこられることがあった際は助けようと気持ちを切り替えました。
4)今の自分だったらどう対応するか?
会社の経費着服を吹聴された時点で、フェイドアウトします。当時の自分は、経費の着服を良いことだと思うような、少なからず同じマインドがあったんだと思います。スーパーの試食をおやつにさせるような親のもとで育ったので、親と関係が切れるまで、そういう発想をしてしまったのは当然かもしれません。本当に、しょうもない親から生まれ、社会に貢献するどころか社会の寄生虫だったからこそ、変な人を引き寄せたんだなと反省しています。
<加筆>
メンタリストDaigoが、関わってはいけない人としていくつか特徴をあげていました。
このかたを思い出しました。
まさに、徹底的に距離を置かないといかんとDaigoが言ってるタイプの人間でした。


