雨のち晴れ〜毒親→モラハラ→離婚→現在

刑事罰を受けて開き直るレベルの毒親の顔色を見ながら育った結果、20代半ばでモラハラ夫と結婚・離婚。不幸を生む人間関係を断舎離し、30代半ばで再婚した人のものの見方の変遷。

2014年06月

元同級生のFBを見て

地元の同級生のFBを見てしまった。
もう子供が3人いて笑顔だった。

好きな仕事で個人事業主をやってた。

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私がほんとうに欲しかったのもそんな人生だったな。
家庭があってさ、子供がいてさ、

でも親に学歴つけろ云々って言われて
都会に出てきて

学歴が欲しかったのは親で、
それも私のためじゃなくて親が自分の親に褒めてもらうためだもん
バカバカしいにもほどがある。

というこのあたりは、隣の芝が青く見えるだけかもしれない。
もし自分に学歴がなかったら、学歴ある人を羨んでたような気がするから。

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ただ、20代の5年間棒に振ったのはもう動かしようのない事実。
うち数年を死ね死ねの嵐の中精神を病んで
つけた学歴なんてこれっぽっちも役に立たない工場労働者に成り下がって
怖くて家にいられないのに家賃を払い続けて

お金も若さもドブに捨ててしまった。





 

祖母の墓前に離婚報告~誰が為の

実家へ、祖母の一周忌に行ってきました。

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納骨の前夜、儀式的なことしか気にする余裕のない人達を尻目に
祖母と二人っきりになりました。

儀式の事を考えなくていい立場においてもらってることに感謝というべきか。
祈りというより、毒親の「恥をかかないように」という焦りばかりが伝わってくる。

誰が為の一周忌なのだろう。
そもそも追悼という行為自体、後悔のある残されたものの自己満足だと思う。
それが型にはまった儀式と化すとなれば
もうそれは一体誰のための何なのか、もはやわからない。
そもそも、祖母はそんなに信心深い人ではなかった。

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祖母には、離婚したよ、と報告。
そして、思わず聞いてしまった。
「じいちゃんと結婚して、幸せだった?」と。 

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仏壇の中を見たら、祖父単独だった位牌に、
祖母の戒名が隣に彫られ
1つの位牌になっていました。

結婚ってそういうことなんだなと、思いました。

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そういえば、法事の席で
いつもあれだけ遠回しに結婚結婚うるさかった親族が
ピタリと何も言いませんでした。

私の離婚は、喪主である親から伝わっていたのでしょう。

誰が為の配慮なのだろう。
私のためなのか親自身のためなのか。

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しかし一年前と今の生活を比較すると本当に別世界。
悩みはあるけど、次元が違う。

怖い経験ばかりした子供時代と結婚生活の影響で、どうしても脳が
なんでもないようなことを組み合わせて、勝手に怖い現実を作り上げてしまう。

友達に「勝手に推論するな」と怒られて、
見捨てられるのが怖くて必要以上に怯えたり
怒りはするけど無視したりしないんだってのを確認したり、
逆に、すねて無視してしまう自分の中に
かつての元配偶者の姿を見てうんざりしたり。

些細な事で、友達から捨てられる見放されると不安になって
その不安に根拠はあるのかと認知行動療法的なことをエクセルにまとめてみたり。

後遺症は重い。
治らないかもしれない。
周囲の人を苦しめるだけかもしれない。

罵倒はないけど
お金もない。
未来もない。

夢が叶わない人には、夢がはっきりしていないという共通点があります。
大好きなことをやって生きよう!/本田健 


 
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離婚成立(3)離婚後の変化

離婚成立(2)の続きです。

離婚が成立して精神科に行ったら、
一気に減薬方向に切り替わりました。

自分は生来の精神異常だと思ってたんですが、
離婚と同時に減薬方向ということは
そうではなかったんだなと思いました。

また結婚以来体重が9kg減ってBMIがなんと14
生理が止まるギリギリの体重になってたんですが
現在家を出て数ヶ月で、8kg戻しました。

そして仕事も、個人契約で、ライターのお仕事が貰えました。

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「もっと早く離婚していればよかった」
この一言に尽きます。

自分を見失ってたことにすら気づいてなかったんだから
その原因に気付かなくても当然なのかもしれません。
すっかり判断力を失っている私に
家を出るよう諭してくれた関係者各位には感謝しかありません。

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貯金ゼロで
若くもなくて
資格もなくて
子供もいなくて 
 
未来は真っ暗ですが

「今、ここ」が真っ暗でなくなった分、
いくらか良いかなと、思っています。

現在と未来は、きっと繋がっているから。

もしあなたが自分自身への深い恋に落ちて、
「あなた」が幸せになるためならどんなことでもするとしたら、
とても強力なパワーを駆使できるのではないでしょうか。

頑張るのをやめると、豊かさはやってくる/アラン・コーエン)

 
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離婚成立(2)家を出てから

離婚成立(1)の続きです。

家を出てから、最初は、自分が対面になって元配偶者との離婚交渉をしていたのですが
元配偶者からの連絡が来るたびに精神錯乱という状態になってしまいました。

仕事先でも1日じゅう泣いていたり、
無断欠勤したり、そんなことばかりでした。
(解雇されなかったことを心から感謝しています。)

離婚したいのに話もすすめられなくて、思い切って
代理人の方に全委任し、一切の連絡は全て代理人を通すという形で決着しました。

代理人という発想が出るまでほんとうに時間を要しました。
引き受けて下さった方への感謝しかありません。

人は心から誰かに感謝しながら、同時に意地悪になったり、イライラできないものです。
大好きなことをしてお金持ちになる/本田健)
 


 
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離婚成立(1)安アパートへの夜逃げ

ご報告が遅れました。
離婚が成立いたしました。
 
元配偶者が留守のタイミングを狙って、家を出ました。
今後私へ直接連絡は一切しない(代理人を通す)という条件でまとまりました。

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まず、医師にフルタイムを止められてたけど
無理やり働いて、なけなしのお金を作りました。

それで安アパートを借りました。
そして、元配偶者が家を出たタイミングを狙って、
友達に手伝ってもらって、最低限の荷物を持って家を出ました。

家を出る直前
ゴミとして捨てられてた私のご飯茶碗が、
洗いかごに戻ってるのを見て
あ、ゆるしてくれたのかな

と私は思ったのですが

そもそも、捨てらてれない状態が当たり前であって
それを感謝するという自分の反応が病んでいるということに
客観的に気づけたのは、家を出てからだいぶ後のことでした。

突然の夜逃げ状態だったので
持ち出せなかったものたくさんあって
心残りもたくさんあります。

が、背に腹は変えられなかった
その一言に尽きます。

多くの人は(中略)今の人生を変えて、新しい変化に直面するほど、
今が悪いとは思っていないのです。

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私は家庭が欲しかった。
しかし、それが得られなかったと配偶者のせいにしたところで
得られないものは得られない、そのことに変わりはない。

選べるはずだったのに、選べなかったという怨嗟が女性を分断します。
自分のものだったかもしれない人生を生きる他の女が許せない。
私が選び取れなかった人生は、誰かによって不当に奪われたのだと考えれば、
自分の落ち度で「あったかも知れない幸せ」を取り逃がしたと思わずに済む。 

新潮45 2013年 06月号/小島慶子氏談)


 
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ギャラリー
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