雨のち晴れ〜毒親→モラハラ→離婚→現在

刑事罰を受けて開き直るレベルの毒親の顔色を見ながら育った結果、20代半ばでモラハラ夫と結婚・離婚。不幸を生む人間関係を断舎離し、30代半ばで再婚した人のものの見方の変遷。

2014年01月

本当にこれで良かったのか、これしか出来なかったのか

今日も会社で、本当にこんな選択しかできなかったのかと
悩んではトイレに行き、悩んではトイレに行き、をしていました。

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しかし帰宅して、私が立てた「ガタン」という物音に
舌打ちをした夫の態度を見て、

この人と家庭を築くという無駄な努力に対し
自分の人生を全部投資するのはやめだ、と
自分に言い聞かせました。

現実を見るんだ、現実を。

昨日は音楽友達と、今日は家族と電話で話した

楽しかった。
楽しかった。

心が喜んでいた。

心が喜ばない家なんて
どんなに設備がよくたって
いらない。

後ろ髪を一気にカットしてくれる毎日

これで良かったの?
これで良かったの?
これで良かったの?

こういう終わり方しかできなかったの?

でも、もういい言葉ヅラやいいときだけの顔だけ思い出してそれだけ盲信するのはやめるんだ。
行動を、見るんだ。

良かったときのことだけ都合よく思い出すのはやめるんだ。

二人で築いてきた素晴らしい思い出の何倍も多い
最悪な思い出の数々。

それらは、すべて、現実だ。現実だ。

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家に帰ったら帰ったで
そんな後ろ髪を一気にカットされる出来事が待っていて
自分の決断はコレでよかったんだ、と思いなおすことができた。
かなしいけど現実を見せてくれてありがとう夫。

 

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自分を変える辛さと人を傷つけつける辛さを秤にかけて

本当にこんな風にしか出来なかったのか
今からやり直せば、あるいはー

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妹の家で三日間一人になって考えられた。
落ち着いて考えてみると、揺り戻しがやって来た。

自宅に戻ると、さすがに二年少々住んだので
自分の家だという実感もある。


夫はおとなしかった。
私が家をあけたこととの因果関係は不明。


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人は変われるんじゃないか。
それを信じてあげるのが私の役目なんじゃないか。


でも何回同じことを繰り返してきた?
私は、変えた。苦しかったけど変わった。

結果、私のやり方と夫のやり方はあわないことが明白になってしまった。
夫のやりかたは私を殺す。
殺す、そう口でそう言っているとおり。

夫も、自分を偽るのも辛かろう。

カッとなって人も物もぐちゃぐちゃにする。
それが彼にとっての幸福なのだから。

彼にとって、自分を変える辛さの方が
私を傷つけ続ける辛さより勝っているということなのだから。


だから私は決断する必要がある。

いいときだけ抽出して、あんなこともあったなんて
感傷に浸っていても幸福にはなれない。

本質的な問題だから
いくら取り繕ったってダメじゃないか。

ふりかえるな。
ふりかえるな。

自分に言い聞かせる。


考えすぎると自分を置き去りにする傾向

妹の家に避難して3日になります。
ちょっと元気が出てきました。
本当に、あの家にいると眠れてないことがよく分かります。

カウンセラーの卵さん2とお話をしました。
大事なことを言われました。

・モラ子さんは考えすぎると自分を置き去りにする傾向がある
 →人の話はするけど、自分がどう関わっていきたいかという話が一切ない

・厚意は受け取っていい
 →イイトコどりでいい、助けをくれるという人に何かお返ししようと考えない
 →みんな今のモラ子さんによくなってほしいと思っている
 →まして罪悪感を持って欲しいなんて思ってるわけがない、今すぐ恩を返せなんて思ってない
 →相手を信じて素直に受け取る

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そのアドバイスを受けて、自律訓練法のレッスンに行って来ました。
もやもやはすべて、ではないけれど大半が雲散霧消しました。

行動あるのみ。

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落ち込むこともあるけど、比較的立ち直りが早い状態が続いています。
1週間前の自分は今の自分を想像すらできなかったであろうスピードです。
色んな人が助けてくれました。
助けてくれて、本当に有難うございます。

正直、お金がなくて、何もなくて、不安でしかたない。
明日にはまたあの地獄の家に帰らなきゃいけないから不安でしかたない。
でも、そうすることしか出来ない以上、そうするしかない。

 

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ギャラリー
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