雨のち晴れ〜毒親→モラハラ→離婚→現在

刑事罰を受けて開き直るレベルの毒親の顔色を見ながら育った結果、20代半ばでモラハラ夫と結婚・離婚。不幸を生む人間関係を断舎離し、30代半ばで再婚した人のものの見方の変遷。

2013年07月

毒親の家庭では、ユダヤ人強制収容所と同じ現象が起こっている

夜と霧を改めて読みました。

ユダヤ人強制収容所に収容された精神科医の体験を綴った手記です。
読み進めるほど、私が体験した毒親の機能不全家庭そのものでした。

・論理的な話が通じない支配者(毒親)による、非合理的な状態の強制
・精神的活動の重要性
・収容者(子供)にとって肉体的苦痛よりも、精神的罵倒がこたえる

ということが書いてあって、
改めて、自分が過ごした家庭がひどいと
特に、精神的な面でユダヤ人強制収容所レベルと本質的に同じだと気づいて、
なんて酷い半生だったんだ!と落ち込んでいる自分と、
これ以上落ちることはないなと不思議と安堵している自分がいました。

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その夜と霧の中からひとつ、救いになる言葉を抜粋します。

ふつう五年、あるいは十年経ってはじめて、
人生なにが幸いするか禍するかがわかるものだ。

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今夫のモラハラに苦しまれている方もいると思います。
ほかの夫婦がうまくいっているように見えて、なんで自分だけうまくいかないのかと
思われている方も多いと思います。

私も、よその夫婦を見ていて、いろいろ思っていたのですが
上記抜粋の言葉を見て

表面的な幸せを手にするのは簡単だけど
5年10年経ってそれはどうなっているかなんてわからない。

そう思うと同時に、

5年10年先の幸せの為に今自分は確実に努力をしている。
たとえ、表面的にどう見えたって関係ない。
表面的な幸せだけ追っている人の5年後10年後なんてどうせきっと(以下自粛)

…こうも思えるのでした。

とても良い本でした。視座を変えることが出来ました。勇気が出ました。

  

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※著者は、上記抜粋のセリフについて、強制収容所に入って打ち砕かれた概念だと
 言っています。 しかし私は、強制収容所レベルの状態にならない限りでは
 正しいかなと思え、勇気をもらったので、著者には不本意なことかもしれませんが、抜粋しました。

モラ夫の爆発を完全スルーできた

最近は、モラ夫の怒りを真に受けず
スルーして落ち着いていられいます。

多分、人からどう言われようと自分の価値は変わらないって
うそじゃなく、思えるようになってきたからだと思います。
最強といわれる抗不安薬リボトリールを飲みながらなので、
薬の助けも借りていることになりますが
医師の指示の下減薬に入ってきているので、これでいいのだと思っています。

直近であったモラ夫ブチ切れの具体例を書いていこうと思います。

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昨日、モラ夫と話をしながらゲームをしていました。
すると、モラ夫が操作をミスって、失敗してしまいました。

モラ夫は、ものすごい不快感をあらわにしながら

「話しながらやったから間違えた。」
「お前から妨害された。」

と、言いました。 

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完全子供の喧嘩レベルですが、
これまで罵詈雑言の積み重ねがあるので、普通に流すことが難しくなります。

今までの私なら…
その場で「妨害はしていない!」と反論したと思います。
なぜなら、言わないと、自分が耐えられなかったと思います。
モラ夫を妨害したと思われている状態に自分が耐えられなかったから。

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しかし今や、私にちょっとだけ自我の確立が出来てきたので

・妨害したと思いたいならそう思わせておけばいい
 何と言われようが私の中の事実は変わらない

・そうだ、話すのが妨害というのであれば、
 一切喋らないままゲームを続けることで意思表示をしようではないか!

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ということで、一切喋らないまま、ゲームを終えました。
途中で何かモラ夫が言っても、全部無視しました。

ゲームが終わった途端、モラ夫は必死に喋り始めました。 
「いま○○の実験してた、そしたらこういうことが分かった」
「これ俺にとってゲームじゃなくて仕事だから(モラ夫はプログラミング的な仕事をしています)」
「やっぱりこのゲームのシステムに欠陥がある」

あれ?ゲームの欠陥がミスの原因だったんですか?
私が話して妨害したのが原因じゃなかったんですか?

私に対して「話す=妨害」という暴言をご自分がおはきになりあそばしたことなど
一切お忘れになっていらっしゃるようで御座いました。 

また必死に、話題をそらそうとしているようにも、
悪いことをしたと思って取り繕うとしているようにも見えました。

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沈黙は金、と初めて思いました。
同時に、暴言を許せた(スルーしてモラ夫の暴言通りの筋を通した)
自分のほうが一段徳が高い(?)様に思えて来ました。

多分このやり取り自体を忘れることはないと思うので、今後にわたっても許せるか
根に持つかはまだわかりませんが。

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ちなみに、この事件について
モラ夫は私に「話す=妨害」と言い、私はそれに対して完全な沈黙で返しました。
結果としてモラ夫は切れませんでした。
つまり、論理的に整合性がとれています。

もし、このような、自分から話すことを咎めたような状態で
妻が黙っていることに「何黙ってるんだ」と怒り暴れるようであれば
正真正銘のモラハラ人間か人格障害かサイコパス系なので、
即離婚の事案だと思います。

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本日の教訓
①感情的になっているモラ夫に対し 、感情に引っ張られず毅然とした態度で臨む
②感情的になっている最中に吐かれた言葉に意味は無いのでいちいち反応しない
③①②には、ある程度の自我の確立を要する
④①②をやった結果暴れるようなモラ夫であればホンモノなので、離婚しないと、しんどいかも… 

  

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努力を辞めるきっかけ~中身の無い承認と暗黙の了解

他人からの評価が自己の全てになる人にとって、
大人に近づくほど、努力をやめるきっかけはあふれている。

高校に合格した瞬間
大学に合格した瞬間
就職した瞬間

おめでとうといってもらえる。
他社からの中身の無い承認に満足してそこで社会的に努力をやめる。

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生物的努力は、男性の場合童貞を捨てた瞬間かもしれないし
女性の場合は
結婚式
出産
このあたりで努力を辞める人が凄く多いと思う。

どんなに美しくない花嫁でも美しいとしか言われない。
不安要素の多い結婚でもおめでとうしか言われない。
不安要素の多い出産でもおめでとうしか言われない。

他社からの承認を渇望している人は、それらの定型文を額面通り受け取る。
額面通り受け取るのはいい、問題なのはそれで満足しきってしまうことだ。
紋切り文句を沢山集めて喜んでいるのは、まさに
ラジオ体操のスタンプを集めて喜ぶ小学生レベルの精神性。

スタンプは100個集めてもただのスタンプ。

なのに、それに満足して完全に努力を放棄する人がどれだけ多いか。

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おめでたい席では
事実を言ってはいけない


という暗黙の了解。


これが、上辺だけの承認を求めて精神的成長を放棄する毒親を量産しているかも
なんて考えた。 

  

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サビアン占星術で自分は「故郷(=毒親)を捨てる」宿命と出た。

サビアン占星術で、自分の前世からの宿命とやらを見てみました。

占星術には「ドラゴンヘッド」という、実際には存在しない惑星があります。
太陽と月からいちばん遠い地点を結んだ軌道上に計算で出されたものです。
起源はインド占星術に遡るようで

「過去世で積んだ良いカルマ(行い)の果報を受けとることができるポイント」とか、
「周囲の人間関係を表すポイント」と言われています。

サビアン占星術なので、例えば同じ牡羊座でも
牡羊座1度、牡羊座2度…と30度まであり、
30度×12星座=360通りの結果が出ます。

私のドラゴンヘッドは、双子座の27度だったのですが
もう 、毒親から逃げ出す宿命なんだとしか思えないことが書いてありました。
以下抜粋です。

双子座 27度
「彼女の部族がキャンプしている森から出現する流浪の民」
 
大地に根づいた存在としての生き方を捨て、
緊張した人間関係と複雑な文化を内包した都市などの領域へと移動する、
意識的な試みへの決意。
新しい意識状態を求めて、故郷を捨てる。

自分が生まれ育った環境やなれ親しんだ場所は、自分の真の可能性を開くには、本質的ではない、
むしろ邪魔な要素となってしまった。


生き方を変えるための過渡期をあらわしている度数。

環境にはまったく依存しない生き方を求めて、自分の可能性をより複雑な世界にかけてみる。
いろいろとカルチャーショックは受けやすいが、未来に対する希望に燃えているので、障害は気にしないだろう。
流浪の民という象徴から推理できることは、漂流するように環境を変えていくこと。

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親と相容れないというのは
少し、勇気が出ました。
占いに抵抗のない方は、サビアン占星術の本で運命を確かめてみられると
思わぬ決意を得られたりするかもしれません。

毒祖母が死んだ途端恨みが消え、感謝だけが残った理由

毒祖母が亡くなって、2週間が経ちました。

不思議なくらい気持ちは落ち着いていて
あれだけたくさんあった恨みの感情も消えうせ

今はただただ、哀れな人だったと
思うだけで
四十九日の演出を考えたりしています。

ここまでに至る心の流れや
毒祖母の死によって、子供に向かって猛毒をまき散らした毒両親の話の詳細については
もう少し落ち着いたら、書こうと思っています。

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毒親について

生前に恨みを消して、感謝を伝え、
そして毒親自身の抱えている黒い感情を
こちらが理解しているんだよと言及することが
出来ないものかと、考えました。

でも、今のところ答えはNOです。

生きている人間は嘘をつけるし、攻撃もできる。
からです。

私は、自分に攻撃をしてきて
嘘ばっかりつくような相手(毒親)に向かって

慈悲の心を持って
攻撃に耐えながら真実を伝えるなんて
とても、出来ません。


キリストやブッダなら出来るのだと思います。
今の私は神にも仏にもなれません。
まして毒親のためになんて絶対無理です。

死んだ人間は嘘をつけないし攻撃もできない。
だから、こちらも落ち着いて、祈ることが出来る。

だったら、私は
生きている間から、
嘘をついたり、他人を攻撃をしたりするのはやめよう
そう心から思いました。

  

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