雨のち晴れ〜毒親→モラハラ→離婚→現在

刑事罰を受けて開き直るレベルの毒親の顔色を見ながら育った結果、20代半ばでモラハラ夫と結婚・離婚。不幸を生む人間関係を断舎離し、30代半ばで再婚した人のものの見方の変遷。

2013年04月

父が交通事故死する夢を見て起きた

二度寝時に、父が交通事故死する夢を見ました。
ああ、そうかと思っている自分がいました。

祖父も交通事故しだし
父も実際交通事故を起こしたことがあるし

なんか、ああやっぱりかと思って
泣きもしない自分がいました。

夢占いでは、 

親の死→
親の死というショックに慣れようとする試みや予行演習。親のように成人した人格を持とうとするけれど、制約や圧力のせいで難しいと感じている状態。同性の親を消し去り異性の親と親密になりたい願望。

事故→
心理的痛手。不安感。焦り。自己に対する懲罰。内向した攻撃性。自分の全体に充分な注意を払わないこと。経験した事を統合せずに先取りしている状態。早過ぎる前進。障害。事故を望む気持ち。実際の事故の予知。

となっているので、あんまりいい夢じゃないみたいです。

 

年をとっても働くということ(2)

年をとっても働くということ(1)  の続きです。

Bさんは

「私は、左から右へと流れてくる逆側のレーンにいたから
 楽だったんだけど、あなたは逆側で
 右から左に流れてくる方だったからやりにくさが全然違うと思うわ。
 今度から逆のレーンにつくといいわね」

「いちごは上下の向きがあるから大変よね。」

と実に的確なアドバイスをくれました。

---

「自分は出来た」と言うために、出来なかった他人をけなすAさん。
その相手が、目の前に居る私だと気づいた瞬間口をつぐんだAさん。

何故やりにくかったかを分析し、明示した上に、
やりやすくするアドバイスをくれたBさん。

---

2人とも年配の、自分の母親と同い年くらいの女性で、
それまでの生き様が表れているような態度の差でした。

Bさんとバスの隣になってお話をしたのですが、
普段は仕事をなされている方で
休日家でぼーっとしているのが嫌で、
休日だけ日雇いをしていると言っていました。

仕事の方も「若い人を育てるため」に早期退職して
今は正社員じゃない状態で働いているという見上げた志で、

「仕事が嫌だから、一刻もはやく辞めたい。」と言いながら
何年もズルズル働いている公務員の私の母とは
志が雲泥の差でした。

仕事について、介護について、
帰りのバスでたくさんお話しを聞けました。
その間私も、素晴らしいと思う、尊敬します、と
気持ちを素直に伝えました。

---

ちなみに、家庭の話は一切出ませんでした。
(私のほうが出せないのもあるけど)

普通、子供がどうとか孫がどうとか言って、
自分については語れることなどないことについて
お茶を濁す年頃に思えたのですが

もしかしたら独身でお子さんもいらっしゃらない方かもしれません。
私の、母親からもらった価値観によれば
「負け組」の女性です。

でも、全然負け組とは思わない
むしろ素敵だと思っている自分がいました。

---

2人の違いは、ズバリ
自分以外の周りが見えているか、いないかだと思いました。

Bさんと別れてから

自分はどうやったらBさんのような
年の重ね方が出来るだろうか?

なんて考えながら

「そもそも、なんであんなにも
 『子供がほしい』と思ってたんだろう?」

母親に刷り込まれた価値観と、
自分の中に芽生えた価値観が、
私の中で戦争を起こし始めたのでした。 

今日は、仕事を入れずに

今日はお休み、エステの体験コースに行ってきました。
1000円で脱毛体験 というのにいってきました。

背中の脱毛だったんですが、
家庭内別居でスキンシップが無い状態だと、
他人に体を優しく触ってもらえる状況がすごく幸せでした。
1000円でこんな幸せな気持ちになれるなんて…
しつこい勧誘もなかったし。

それが終わってからは、昨日の立ち作業withベルトコンベアのせいで
非常に肩と腰が痛かったので、思い立って
電気屋のマッサージ機に身を乗せて回復しました。
最悪な客です、我ながら。

人の多い街を歩きながら
ウィンドウショッピングを楽しみました。

これまで、何が流行ってるかとか
そんなふうにしか見てないから楽しめなかったけど
もう今は自分を取り戻しつつあるから

これもいいわー
あれもいいわー
って楽しめて、
勧誘に合っても、ちゃんと自分の意志を伝えて
断ることが出来て

ほんとうに楽しかったです。

使ったお金はわずかTBCの1000円。
お金は無いけど
友達もいないけど
こういう幸せな過ごし方もあるんだって
気づきました。

年をとっても働くということ(1)

昔は、年配の女性がスーツを着て電車に乗っているのを見ると

「こんな年食っても働かなきゃいけないんだ。旦那の稼ぎが悪いんだな。気の毒に。
 私は絶対こんな惨めな姿にだけはなりたくない。」

と思ってました。 

でもそれって母親の刷り込みだったんです。
母親のような働き方しか知らなかったんです。
世の中には、素敵な働き方をしてる人がいっぱいいることが
分かり、私は考えがかわりました。 

---

今日も今日とて
日雇い、外国人労働者がやるようないわゆる底辺の仕事を
楽しくやって来ました。

私はフルーツポンチにいちごを乗せる係だったんですが
全然できなくて、明らかに他の人よりできて無くて、逆切れ風味でした。

仕事が終わってから、ある年配の女性Aさんは
「いちごの向きがめちゃくちゃで大変だったのよ~」と言いました。

いままでの私なら、必死に自分であることを隠そうとしたと思うのですが
私は「ごめんなさい、いちごは私でした」とその場で言いました。

同じ事を聞いて、年配の女性Bさんはぜんぜん違うことを言いました。

あるがままを許容されなくてずっと辛かった

今日
夫から、あるがままの自分を許容されてない気がしてて
それがずっと辛かったことに
気づきました。

友達に紹介するからこの程度知的な会話ができて欲しいとか
親や親戚と会話するときは、 みんなそれなりのプロだから
お前も何かプロフェッショナルな意見を言えるようになれとか。

辛かった。
すごく、辛かった。

そのままのお前で良いといってもらえないことが、
とてもつらかった。

努力するのが嫌だとか
そういう次元の問題じゃなくて
存在自体を否定されたようでつらかった。

だから、夫が私の何を、どこを好きなのか
全然わからなくなった。

夫は私の素直なところを好きといった。
しかし、人前でとれという欲求が矛盾していた。

結局、夫の友達に私は紹介されることはなかったし
私の友達に夫を紹介することもなかった。

夫のハイソな友達に、何も持たない馬鹿な私を紹介することは
出来なかっただろうし

私は私で、いつ結婚が反故になるかわからないと思っていたから
紹介できなかった。

辛かった。

辛かった。

モラハラとかそんな言葉にするとこぼれおちる
こんなあたり前の素直な気持ちにどうして今まで気づかなかったか。

失った戻らぬ20代の大きさに打ちひしがれながら
今は呆然と立ち尽くして
明日仕事に行くだけです。 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ 
ギャラリー
  • 「人間はだまし合わねば生きられませぬ」
  • 咲こうとする花の力
  • 私が生まれたとき記念植樹した梅の花